第89話 入れ替え

 リナと同じ格好で、しかしフードを被りながら、久々にミードンを肩に乗せるロミリア。

 そんな彼女をリナに仕立て上げるため、共に歩くルイシコフ。

 俺は大勢の護衛の騎士たちに紛れ、ロミリアの横を歩いている。

 向かう先はキャデラックだ。


 目立ちすぎず、しかし目立つように、ほとんど全員の騎士をキャデラックの護衛に回した。

 リナの自室には、リナと久保田、スチア、2人の騎士しかいない。

 これなら敵も、リナがキャデラックに乗って逃げようとしていると思うだろう。

 ロミリアがキャデラックに乗る直前まではな。

 この作戦、敵を釣れるかどうかが肝心だ。


 フォーベックによると、約20名の騎士が城周辺でおかしな動きをしているらしい。

 たぶんそいつらが、リナの命を狙う敵だ。

 予想より数が多いが、やるしかない。


 しばらくして、城内部の馬車置き場に到着する。

 ここまで来る間、何人かの人間とすれ違った。

 おそらくその何人かの中に、敵と繋がりを持つ間者がいるはず。

 そいつが今も、俺たちを見ていることを願う。


「お嬢様、お乗りください」

「分かりま……キャー!」

「ニャ!?」


 キャデラックに乗ろうとした偽リナ(ロミリア)が、足を踏み外して豪快に転んだ。

 演技にしてはすごい転び方だったな。

 頭を思いっきりキャデラックのドアにぶつけてたし、痛そう。

 叫び声も大きく、馬車置き場にこだましていた。

 ……まさかロミリア、マジで転んだか?


「い、痛いです……」


 半泣きのロミリア。

 どうやらマジで転んだようだ。

 しかしおかげで、彼女のフードが外れ、偽リナの正体が暴かれている。

 

「おお、大丈夫ですか?」

 

 咄嗟にルイシコフがロミリアを立たせた。

 フードは外れたままだ。

 これで敵の間者にも、ここにいるリナが偽物であると伝わるはず。

 ルイシコフ、グッジョブ。


「タイヘンダー! フードヲカブッテ!」


 俺の渾身の演技。

 信じられないぐらい棒読みになっていた気がするが、信じられないんで信じない。

 ロミリアにフードを被せ、彼女をキャデラックに押し込む。


 騎士たちが焦った表情をする中、俺とロミリア、ミードン、ルイシコフはキャデラックに乗り、扉を閉めた。

 キャデラックの窓は板で覆われ、中に乗る人物を隠している。

 車内は暗いな。

 光魔法で少しだけ明るくしよう。

 

 すぐに騎士の隊長が出発の合図を出したか、キャデラックが動き出す。

 ここまでは順調だ。

 これで敵が、リナはまだ自室にいると判断してくれると完璧である。


「ニャー、ニャー」

「うう、ぶつけたところが痛いです」

「大丈夫かロミリア。ほら、治癒魔法で痛みぐらいは飛ばしてやる」

「ありがとうございます。稀にあるアイサカ様の優しさ、嬉しいです」


 稀にある優しさってことは、いつもは優しくないってこと?

 ロミリアにとっての俺の印象が、あんまり良くなかったりする?

 まあいい、確かに俺は良い人ではないし。


 治癒魔法でロミリアの痛みを飛ばす俺。

 その間、ルイシコフが1枚の紙を取り出し、車内の床に敷いた。

 複雑怪奇な模様が描かれた、転移魔方陣だ。

 今作戦のキーポイントアイテムである。 


「では早速、転移魔方陣を作動させましょう」

「ああ、どうもです。リナ殿下は任せましたよ」

「分かっております」


 これから俺とロミリア、ミードンは、この魔方陣でリナの自室に転移する。

 同時に、リナと久保田がキャデラックに転移してくる。

 つまりは偽物と本物の入れ替えだ。

 敵はキャデラックに乗るリナが偽物と判断し、リナの自室に向かうが、本物のリナはキャデラックに乗っているというサプライズ。

 さぞ驚くだろうな、敵さんも。


 ついでに、護衛の騎士たちも本物のリナがキャデラックに転移することを知らない。

 護衛たちはなんやかんや、ヴィルモンの影響が強い共和国騎士団だ。

 どこに敵が紛れ込んでいるか分からないからな。


 俺とロミリア、ミードンは魔方陣の上に乗り、ルイシコフが魔力を込める。

 すると、魔方陣に描かれた複雑怪奇な模様が、淡く光り輝いた。

 そして俺とロミリア、ミードンは、その光に包まれる。

 これで魔方陣は作動し、転移魔法準備完了だ。

 次に俺が魔方陣に魔力を込めれば、俺たちはリナの自室に転移する。

 

 早速だが転移しようと魔方陣に手を触れた俺。

 そこにルイシコフが、心配そうな顔をして言った。


「敵の騎士は20名以上と聞いております。2人の騎士と1人の少女のみでは、いくら異世界者でも厳しいのでは?」


 どうやら俺の心配をしてくれているらしい。

 確かに、リナの自室で待ち構えるのは、俺とロミリアを加えて5人だ。

 対する敵は20人以上。

 普通なら無謀な話だろう。

 

「大丈夫ですよ。俺たちには、少女の姿形をした鬼がいますから」


 そう、俺たちには普通じゃない存在がついている。

 スチアなら、騎士20人程度に負けはしない。

 俺やロミリアもいるんだ、負けることはないさ。


「そうですか……。健闘を祈ります」


 鬼の存在に納得しかねるルイシコフだが、彼がそれ以上に口を開くことはなかった。

 そちらは任せた、という意味なのだろう。

 任せられちゃったからには、本気でやらないとな。

 さっさと転移しよう。


 俺は淡く光り輝く魔方陣に手を置き、ガルーダに魔力を送るのと同じ要領で、一気に魔力を込めた。

 するとその瞬間、淡い光が強い光へと移り変わる。

 サーチライトを直接、至近距離で向けられたような光だ。

 そんなものに包まれた俺たちは、目を開けていられず、暑さすらも感じる。

 窓を板で覆っているとはいえ、この光は外からも見えるんじゃないか?

 少し心配だ。

 

 肌だけでなく体内までをも暖める強い光は、5秒程度で弱くなった。

 まぶたの向こうで輝く光が消えたのを確認し、おそるおそる目を開ける俺。

 視界に入ってきたのは、王族らしい装飾と庶民的な家具、それらを包み込む石壁。

 そして、部屋のど真ん中で仁王立ちするスチアの姿。

 ここはどうやら、リナの自室で間違いなさそうだ。


 転移魔法って、移動している感覚は全くないんだな。

 強い光に包まれて、目を瞑ってる間に目的地へ到着してしまう。

 なんとも味気ない感じで、ちょっと拍子抜けである。

 まあ、異世界に召還された時もそんな感じだったけど。


《相坂さん、聞こえますか? リナさんと僕は馬車に転移しました》


 久保田からの魔力通信による報告。

 転移魔方陣を使った入れ替えは成功したようである。

 

「こっちもリナの自室に転移した」

《分かりました。ではリナさんは僕に任せてください。相坂さんは敵の騎士を任せます》

「はいはい」


 はっきり言うと、俺にとっての作戦の本番はここからだ。

 これから襲ってくるであろう騎士を、ちぎっては投げ、ちぎっては投げしなきゃならん。

 つまりそれは、人を殺すことになる。

 冷静さを保たないといけない。

 

「おかえり、アイサカ司令」


 なぜかいたずらっぽくそう言ったスチア。

 よく見ると、彼女の周りに2人の騎士がうずくまっている。

 ……この鬼は何をしたんだ?

 

「2人の騎士に治癒魔法使ってあげてほしいんだけど」

「はあ?」

「さっきお姫様とクボタ司令が、ホントにあたしが戦えるのか疑ってきてさ。だからそこの2人の騎士と勝負して、あたしの強さを証明したんだよ」

「……で、2人の騎士を怪我させたと」

「そう」


 面倒なことをするなよ、おい。

 見た感じ、騎士2人はちょっと治癒魔法使えば治る程度の怪我だけど、マズいだろ。

 これで騎士2人の士気が下がってたら最悪だ。

 大丈夫かな……。


 俺とロミリアで手分けして、うずくまる騎士2人を治療。

 怪我はすぐに完治した。


「こんなにお強い方ははじめて見た! マスターと呼ばせてください!」

「俺も、あなたをマスターと呼びたい!」


 なんか、怪我が治った途端にスチアを讃えだした騎士2人。

 士気が落ちてないかと心配したが、大丈夫そうだ。

 それどころかスチアのパダワンが増えちまった。

 マジでなんなの、この鬼。


 ともかく、戦いの準備はこれで万全だろう。

 いつ襲ってくるかは分からないので、常に戦闘態勢だ。

 どこからでも掛かってこい、と言いたいところだが、やっぱり緊張するな。

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