第5章 ピサワン編

第44話 狙われる弱点

 先の戦闘で、魔界艦隊の指揮官であったテンペフは失脚したらしい。

 同時に魔界の強硬派は発言権を弱めた。

 次期将軍は派閥争いで決まらず、魔界軍は混乱しているとのこと。

 これはまさに、講和派勢力にとってのボーナスタイムだ。

 そんなことを、ヤンが嬉しそうに俺に話してくれた。


 次期将軍争いのおかげで、魔界軍に動きはない。

 つまり、俺ら講和派勢力専属艦隊に仕事がないということだ。

 これから仕事が増える、なんて言われていたので身構えていたんだがな。

 なんやかんや1ヶ月、講和派勢力から命令は来なかった。

 まあ楽だから良い。


 この1ヶ月間、俺はスチアの地獄の特訓を生き抜き、ロミリアから魔術を習い、ダリオやモニカと艦隊行動の訓練を重ねた。

 なんつうかあれだ、経験値上げみたいなもんだ。

 俺も少しは強くなったのかな?


 それと、久保田からまた魔力通信が来た。

 今度は魔族の解説みたいな内容で、ちょっとした図鑑みたいなもの。

 ここ数日は、それを見ながら魔族についても勉強していた。


 そんな平和な日々が終わりを向かえたのは8月23日のこと。

 終わりを告げたのは、ヤンだった。


「困りましたねぇ……」


 ロミリアと一緒に自室で魔族のお勉強をしていたときだった。

 ヤンが俺の部屋に来て、溜め息まじりでそんなことを言う。

 しかもチラリとこちらに視線を向けてくる。

 これは質問しろということか。

 何があったのかと聞けば良いのか。


「……何があった?」

「魔界軍の次期将軍が決まりました。龍族筆頭のギマディオ=ジェルンです」


 可愛らしさ満点の笑みを浮かべ、嬉しそうに俺の質問に答えたヤン。

 龍族というと確か、ドラゴンのような翼と尻尾、鱗を持った魔族だっけかな。

 魔物であるドラゴンの人バージョンみたいなので、寿命が長いのが特徴。

 知能は高いが短気な性格が一般的らしい。

 そんな龍族の筆頭が将軍とは、まためんどくさそうな話だ。


「その、なんちゃらジェルンとかいうのはどんなヤツなんだ?」

「簡単に説明しますと、強硬派、冷酷無比、現実主義者ってところですかねぇ」

「ああ、そりゃ困ったな……」

「でしょぉ。さすがアイサカさん、理解が早いです」


 強硬派ってことは、講和派勢力にとって不都合な存在だ。

 冷酷無比ってことは、目的のために手段を選ばないってことだ。

 現実主義者ってことは、無理のない確実な手を打ってくるってことだ。

 これ全部が揃うってことは、有能な敵ってことだ。

 そりゃ困るよな。


「あの、龍族はあまり政治に関わらないらしいですけど、それがどうして将軍に?」


 そんな疑問を口にしたのはロミリアだ。

 確かに、久保田の魔族図鑑にはそんなことが書いてあった。

 龍族は魔族の中でも寿命が長いため、世俗への関心が薄く、政治にも関わらないと。


「さすがロミーちゃん! 博識だねぇ」


 微笑みながらロミリアの頭を撫でるヤン。

 どうせこれも、ヤンの邪な心による行動だ。

 まあ、このくらいは許してやろう。

 抱きつこうとしたら全力で阻止するが。

 それより、質問に対する答えだ。


「ボクも詳しいことは分かりませんが、共和国艦隊の想像以上の強さに焦った魔王が、各魔族の筆頭に意見を求めたらしいんです。で、ほとんどの魔族筆頭の意見が、正攻法という名のごり押しだったらしいんですが、龍族だけは違って、魔王がそれを気に入ったとかなんとか」

「……で、その意見を実現させるために、将軍の座を龍族筆頭に任せたと」

「そういうことですねぇ」


 これから魔界軍は、正攻法では攻めてこないと。

 そりゃそうだよな。

 魔界艦隊で堂々と勝負したものの、負けが続いた。

 現実主義者ならこの状況、正攻法は悪手と考えるのは自然。

 あ~あ、ジェルンってヤツはマジで有能じゃないか。

 ホントに困った。


「で、ジェルンはどんな手を使って攻めてくるんだ?」

「ジェルン将軍の狙いは、おそらく島嶼連合ピサワン」


 ……ピサワン? どこだっけ?

 なんか、ロミリアに習った記憶はある。

 でも全く覚えてない。


「なあロミリアさん、ピサワンってどんな国だっけ?」

「え、忘れちゃったんですか?」


 意外そうな顔をするロミリア。

 地理歴史の得意な俺がピサワンを覚えていないことに、驚いたんだろう。

 だがな、俺は暗記は苦手なんだ。


「悪い、もう1回教えてくれ」

「ええと、商業と観光業で成り立つ島嶼連合最大の国です。第6次人魔戦争以降は一貫して平和主義を唱えていて、軍隊を持ちません。人口は――」

「ああ! あの国か。ありがと、思い出したよ」

「そ、そうですか……」


 うん? なんでロミリアは残念そうな顔をしているんだ?

 説明中は楽しそうな笑顔だったのに……。

 まあいっか。


 ピサワンについては、軍隊がないってので思い出した。

 どうやら第6次人魔戦争で共和国軍と魔界軍の戦場になり、民間人含めて多くの人間が死んだんだよな。

 それで、戦後は軍隊を持たずに平和主義を貫いている。

 ま、隣国の軍隊に国境警備を任せてるらしいけど。

 他国に面倒事を押し付け自分たちは理想の平和主義を唱える。

 そういうのもありだが、ちょっと危険だと思った記憶があるな。


 そんなピサワンを、現実主義な冷酷無比ジェルンが狙う。

 ……なんかマズい気がしてきたぞ。

 もしこれで、反共和国的なお国柄だと、なおさらマズい。


「ロミリアさん、ピサワンと共和国の関係は?」


 俺がそう質問すると、ロミリアに笑顔が戻った。

 そして、なんとも楽しそうに説明をはじめる。


「第6次人魔戦争の影響で、仲はよくありません。むしろ、共和国軍が島嶼連合にいたから魔界軍との戦争に巻き込まれたんだと、よくピサワンの首長が言っています」

「そ、そうか……教えてくれてありがとう」


 俺の感謝の言葉に満足げな顔をするロミリア。

 だが話の内容からして、俺は頭を抱えた。

 こりゃマズい。


「その顔を見ると、アイサカさんはもう分かっちゃいましたね?」


 いつも通りのニヤリとした笑みを浮かべるヤン。

 ロミリアの説明に続き、彼がピサワンと共和国の関係を語る。


「戦前は超大陸のほとんどが魔界軍に占領されていましたから、島嶼連合にも共和国軍がいたんですよぉ。しかし戦後、魔界軍との戦闘は島嶼連合に共和国軍がいたせいだとピサワンの首長が訴え、共和国軍を追い出しました」

「なんでそんなことを?」

「共和国軍の監視がなくなれば、島嶼連合の商人ギルドは好き勝手できますからねぇ。彼ら商人ギルドは首長をうまく言い包めて、共和国軍が戦争の元凶だと叫び、民衆がそれに従い、平和主義を大義名分に共和国軍を追い出したんです」

「ああ、なるほどね」

「でもいつしか、大義名分が一人歩きしましてねぇ、共和国は平和を乱す集団であるという反共和国感情が、ピサワン全体を覆うようになりました。第7次人魔戦争がはじまった今でも、魔界軍より共和国軍を嫌っている人の方が多いようで」


 人間界も一筋縄じゃいかないね。

 ピサワンは理想主義に生きてるから、現実が見えなくなっているのかもしれない。

 フォークマスが攻め込まれ多くの人が死んでいるのに、まだ魔界軍よりも共和国軍を嫌うなんて、現実が見えていない証拠だ。

 それに加え、共和国って悪い部分だけ見れば最低だからな。

 それで一度悪だと思うと、良い部分なんて見えなくなる。

 元老院に痛い目に遭わされた俺は、ピサワンが共和国を嫌うのも理解できる。


 共和国と島嶼連合の不和。

 人間界の弱み。

 ジェルンはここを突こうとしているのか。

 困ったな、マズいな。


「ってことで、アイサカさんに講和派勢力から新たな任務のお達しです」


 ようやく本題か。

 今回はフードじゃなくヤンの言葉なんだな。

 さて、大体は予想つくが、どんな任務だろうか。


「魔界軍の大型の軍艦がピサワン付近で目撃されました。しかし共和国は島嶼連合に遠慮し、手を出せません。そこで、アイサカさんらにピサワンの状況を探ってほしいんです。今回はボクも付いていきます」


 俺は驚いた。

 なんと魔界軍は、すでにピサワン付近に現れていたんだ。

 こりゃ見逃すわけにいかない。

 ただ、ちょっと気になることがある。


「なあヤン、俺とガルーダは人間界惑星に入れない。それはどうするんだ?」


 元老院との取り決めが俺を縛っている。

 これに素直に従っているからこそ、俺はマグレーディにいられるんだ。

 その辺りはどうするのか。

 ヤンはすぐに答えた。


「アイサカさんとガルーダが直接乗り込む必要はありません。今回は、ダリオさんとモニカさん、スチアさんにボク、そしてロミーちゃんで任務をやり遂げれば良いんです」

「ロミリアも?」


 俺はもう一度驚いた。

 ダリオやモニカ、スチアは納得の人選だ。

 ヤンも交渉人として役立つ。

 でもロミリアは、ちょっと危険じゃないか?

 彼女はなんやかんやただの女の子だ。


「ロミーちゃん、できるよね?」

「……アイサカ様の使い魔として、私にしかできないことです。だから、頑張ります」


 俺の心配をよそに、ヤンとロミリアは話を進めていた。

 そうだ、忘れていた。

 ロミリアは俺の使い魔なんだ。

 ただの女の子じゃない。

 でも、使い魔にしかできないことってなんだ?

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