第194話 次哉の受難 その一
「はぁ……」
せっかくの温泉初体験が、異常事態により楽しめなかった事を次哉は落胆した。
その後、食事や散歩をして気を紛らわせ、何とか立ち直った頃には、
夜になっていた。
温泉宿での食事は、宴会場のような場所で食べるか、それとも部屋で食べるかを
選択する事ができたのだが、どちらにしようか悩んで、他のメンバーに声を
掛けようと、一番近くのフィルの部屋を訪ねた。
「フィル、いるか?」
「あ~い!」
返事がやたら能天気ではあったが、次哉がひと声かけて部屋に入ると、原因が判明した。
「飲み過ぎだろ……」
「う?」
フィルの周りには酒瓶が二十本ほど転がっており、臭いが充満していた。
臭いを我慢しながらフィルに近寄り、食事の件を確認する。
この現状を見てしまった以上、どこで食べるかではなく、食べられるかどうかの
質問に変化する必要があったが。
「飯はどうするんだ?」
「ん~……」
フィルは酒瓶を片手にラッパ飲みを始めたので、聞こえているかどうかの確認に
肩を軽く叩いた。
すると、何故かフィルは顔だけを次哉に向けて、気の抜けた声を出した。
「うわ、酒が!」
口の中に流れるはずの酒が、注ぎ先を失ったため、床にこぼれる。
それを止めようと次哉は手を差し出すが、その行動で取られると思ったのか、
フィルが手を振り回した。結果……
「冷たっ!」
「あぅ!」
二人が頭から酒を被る事になってしまった。
「あ~あ、お前なぁ……」
「……もったいな~い」
そう言うと、フィルは自分の腕を舐め、服を吸うなどし始める。
「行儀が悪いから洗ってこい」
フィルを立たせるつもりで腕を取った次哉は、腕を握り返されていた。
「フィル?」
フィルは握り返した腕をじっと見つめていたが、
「んちゅ」
「お、おい、何を!?」
いきなり舐め始めた。
「ちょ、待て、止めろ!」
「おいひ~」
さすがに子供に戻った次哉では、ドワーフの力に勝てず、引きはがそうとするが、
びくともしないどころか、逆に押し倒されてしまう。
その内に、フィルの舌は腕だけではなく、手を這い出した。
「ん~」
「本当に離せって!」
指がフィルの口の中へと誘われる。最初は人差し指が、じゅるじゅると音を
立てながら、付着した水滴を吸い取られる。
その次は中指、薬指……
次哉は子供の姿になったとはいえ、精神的には高校生。しかも、そういう経験は
皆無。興奮や欲情といったものは当然あるが、それより先に羞恥が勝ってしまい、
逃げ出す事しか考えられなくなっている。
スキル【冷静沈着】はそんな次哉を今まで守っていたのだが、今現在で
その恩恵にあずかる事はない。
「あ~、もっと~」
「酒なら俺が持ってくるから、な!? だからちょっと待ってくれ!」
説得を試みるが、フィルには届かず、そのまま体重を預けてくる。
「お酒の匂い~、ここ~」
「ひぁっ!?」
フィルの舌が首筋をなぞり、吸い取る作業を繰り返す。そして、次哉は両手で
顔を包み込まれ、顔と顔が近づき、もうダメか!
そう思った時、
「く~、く~」
顔の横をすり抜け、全体重を預けたフィルは寝息を立て始めた。
「た、助かった……」
危機一髪で助かった事を実感した次哉だった。
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