第286話: もう1人の勇者
サーシャは物陰に隠れながら前線部隊が展開していた場所へと向かっていた。
目には涙が流れた後がまだ乾ききっていない。
服にも、地べたを這った土色や他者の血で汚れていた。
いっぱい泣いた。もう流す涙はない。弱音もいっぱい吐いた。喉だってガラガラ…
文字通り食べてる物も全部吐いたもん。
胃の中には何も残ってない。
後続部隊は文字通り、全滅…だった。
これが戦い…戦争なの…よね。
サーシャは今まで簡単なモンスター退治などの経験はあったが、大規模な戦闘などは経験した事がなかった。
当然仲間の死というものに慣れていなかったのだ。
職業柄、目の前で助けられなかった命というのは一や十ではない。しかし、一緒に赴いた戦地で命を落とすのはまた別な捉え方をしてしまう。
戦闘職が戦うのが役目なように聖女であるサーシャは仲間の傷を癒す事が役目となる。それすら満足にこなせない事に己の無力さを恥じていた。
生きてさえいれば、私の
自分の無力さが憎い。凄く憎い。
周りから聖女ともてはやされても、いざって時に何も出来なければ意味ないよ…
でも、もう逃げない。
目の前のことからも逃げない。
サーシャは覚悟を決めて、友の元へと向かう。
岩陰に隠れながらも生存者を探しながら、注意深く辺りを観察する。
皆が一様に両断され、確認するまでもなく絶命していた。
時折何処からともなく聞こえてくる戦闘音に、まだ戦いが続いているのだろう。
時折、這い蹲りながらもやっとの思いで前線部隊があったであろう場所まで辿り着いたサーシャ。
こ、これは…
サーシャの眼前には後続部隊同様に、悍ましい光景が広がっていた。
酷すぎる…
近くに魔王がいない事を確認してから、サーシャは声を出す。
「だ、誰か…生き残った者はいませんか!」
少しの間反応を待つが、返ってくる返事はない。
静まり返った戦場に時折駆ける風が吹き遊び、それに混じり戦闘音が聞こえてくる。
諦めずに何度か同じ言葉を投げ掛ける。
しかし、返事は返ってこない。
サーシャが諦めかけたその時だった。
呻き声のような微かな声が聞こえた。
サーシャは声の聞こえた方を頼りに物言わぬ朽ち果てた仲間達の身体を掻き分ける。
着ている衣服は既に血に染まり、所々破れてしまっていた。
「いた!大丈夫ですか?すぐに助けますからもう少しの辛抱です」
「う、ぅぅ・・・」
中から出て来たのは、勇者見習いの少年。名をシーバと言った。
彼は偶然にもエドが攻撃を放った瞬間伏せていた為に回避する事に成功していた。
斬撃の風圧の余波だけでかなりのダメージと意識を失う事にはなったが、命に別状はなかった。
「助かりました…」
シーバを回復させたサーシャ。
「この有様は・・・みんなやられちゃったんですか・・」
シーバは一瞬だけ絶望を表情に出すが、すぐに平静を取り戻す。
見習いでも勇者なのだ。
勇者が戦闘を放棄すれば誰が強靭な敵と戦うのか。
幼くして勇者教育を受けて来た達勇者は、精神的にも強固な者が多かった。それは見習いであるシーバも同様だった。
「私も気が付いた時はこの有様でした。でも戦闘音はまだ何処からか聞こえます。まだ魔王と戦っているんです」
「そうですか、なら僕も行かないといけないですね」
シーバは転がっていた剣を手に取ると何度か素振りをし、表情を強張らせた。
当然ながら自分の物ではないだろう。
この状況下において無くしてしまった剣を探すのは時間が掛かってしまう。
手近にある剣で使える物を探す以外に選択肢はなかった。
「どうやらあっちの方角みたいですね」
シーバは北東の方角を指差した。
「分かるんですか?」
「はい、僕は
サーシャは
目の前のシーバは、獣人特有である耳や尻尾の類が無かったからだ。
「ああ、すいません。勇者は獣人でもなれるのですが、数は人族の方が圧倒的に多いんです。だから、周りに溶け込むためにも姿を隠蔽してるんです。これ内緒にしておいて下さいね」
「なるほど、分かりました」
その時、後ろの空間が歪みら中から数人の人物が現れた。
「我々も共に行こう」
後ろを振り向けば、盾を構えたパラディンに両手杖を持った魔術師、輝く聖剣を携えた女勇者の3人組だった。
「あ、貴女は・・・」
シーバが頭を下げる。
その姿をみたサーシャも深くお辞儀をする。
勇者リグ・ランドゥメルとその一行。
剣姫の異名を持ち、剣姫リグと言えば勇者の中では知らない者はいなかった。
この世界に存在する勇者として最も実力が高いと言われているのは、勇者レインと言われている。
しかし、当の本人達にしか知らない事実があった。
非公式での一騎討ちにて、リグはレインに勝利を収めていた。
しかも、僅差ではなく明らかに実力差があった。
非公式にて行われた為に誰もこの事実を知らない。
勝利を決めたリグでさえ仲間達にも話していなかった。
その時代の最強の勇者だけに与えられる称号がある。
13歳の時に現最強勇者との公式な手合いにて勝利を収めたレインは、その称号を受け取った。
そのレインに一騎討ちで勝利したならばリグがその称号を名乗る資格があった。
しかし、彼女はそれを望まなかった。
彼女との一騎討ちもレインから望んだ事で、公式な手合いに出てこないリグに対してのせめても非公式でならばと了承を得て実現した事だった。
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「やはり、キミは想像以上に強かったよ。でもそれは同時に頼もしくもある。強大な敵が現れた時、共に戦って欲しい」
「ええ、喜んで」
二人は固く握手し合う。
彼女はかつて仲間に言われた事があった。
「ねえリグ。なんでリグは手合いに参加しないの?」
「興味ないから」
手合いとは、最強の勇者を決める一騎討ちの事。
互いの実力向上の意味も込めて勇者の里にて3年に一度開かれる手合いにリグは頑なに参加を辞退していた。
「私知ってるよ!リグはね・・」
「ちょっとセリーヌ!斬るわよ!」
「いいじゃない、減るもんじゃないしさ、リグはあれでしょ、最強たる者に贈られる称号である漢が嫌なんでしょ?」
リグの顔が見る見るうちに赤く変色していく。
「あーあ、確かにな。男ならまだしもリグは女だしな。漢人リグか。確かに考えるとこはあるかもな」
「・・・ねえ、二人とも。冥府への手向けは済んだかしら?」
「おいリグ、ちょっと待て!」
「落ち着いて!ね、リグ?お願いだから」
「問答無用」
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「召集に間に合わずに遅れて来てみれば、この惨状とはな」
「酷いですね・・・」
「恐らく皆一撃でやられたのだろう。広範囲に行き届く剣圧による斬撃か…同じ位置での切断。放った場所は・・・・恐らくあの位置か。一振りでこの威力と範囲か。放たれてからここまで到達したのは0.1秒もなかっただろう。ははっ、笑うしかない程の相手だな」
リグは事態を状況から正確に分析していく。
勇者達に集合が掛かった際、リグ一行は竜の谷へ遠征していた為、戻って来るのに時間を要してしまった。
その際に魔族のセイリュウと一悶着あったのは、また別の話。
「貴女はモルトトの聖女様ね。私達に力を貸して頂けないかしら」
「え・・・あ、はい!私なんかの力で宜しければいくらでも使って下さい!」
「謙虚なのね。十分に頼もしいわ」
「ああ、脳筋の俺らには勿体ないくらいの存在だな」
「ガルシャ!鼻の下をのばさないの!」
セリーヌはガルシャの耳を掴み上げる。
リグ一行は、前衛である勇者リグに盾職であるパラディンのガルシャ。そして魔術師のセリーヌの3人だった。
回復役は
「精一杯尽力させて頂きます!」
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