第248話: エルフの英雄

鮮血と共に腕が宙を舞う。


「さっきのお返し」


ユイの身体から紅色の蒸気が迸っていた。

先程までとは違い、目付きも鋭く、相手を射殺すようにザン・キを睨んでいた。


現在この場には、精霊の連続召喚の代償として項垂れているルー、片腕を無くし機動力であるユウの魔力が底をつきかけているアリス、何か打つ手がないか模索していたアニとユイを含めた4人だった。


ラグールのメンバーは、それぞれが各々の相手を見定め、バラバラに散って行った。


臨界突破バーサクを発動したユイは、一瞬の隙をつき、ザン・キの腕を飛ばした。


これには流石のザン・キも後退りし、警戒する。


「何すかそれ!めっちゃ速くないすか?」


ユイは、前提条件はあるものの、自由に臨界突破バーサクを発動させる事が出来るようになっていた。

しかし、効果時間は数分。

臨界突破バーサク状態でいればいる程、解除した時の反動は大きい。故に早々に勝負をつける必要があった。


「終わらせる」


ザン・キとユイとの一騎打ちが始まった。


誰もがこんなにも一方的な闘いなるとは思っていなかったただろう。

片腕のザン・キは、まさに防戦一方でもう片方の腕、右脚と斬り取られた。

そして、最後に首を・・・


「ありがとっす・・・小さな獣人の勇者・・」


躊躇うこともせずに斬り落とした。

ユイが臨界突破バーサクを発動してから1分が経過しようとしていた頃だった。


「ち、近寄っても平気だよね?」


ルーが心配そうに勝利を決め戻って来たユイに話しかける。

ユイも既に臨界突破バーサク状態を解除していた。


「みんな、ごめん!後はお願い」


笑顔を見せると、そのままその場に倒れ込む。

駆け寄って来たアニに抱き止められる。


「もう、そんな状態になる程無茶な技だったんですね・・・でもおかげで助かりました」


ユイは意識を失っていた。

臨界突破バーサクの反動だった。


他のメンバーも多大な犠牲を出しながらも、何とか己が敵を倒す事が出来ていた。


「はぁ、はぁ、皆良くやってくれた。これで残りは・・・・・なっ!?」


次の瞬間ギリスが見たものはあまりにも衝撃的なものだった。

ライルディンの首が地面へと転がっていたのだ。


まるで時間でも止まったかのように戦場が静まり返る。


その光景を見たラグールの誰もが、ありえないと口には出さずとも心の中で叫んでいた。

これはきっと夢なのだと、幻影か何かの仕業なのだと。

しかし、事実は残酷だった。


ラグールの団長であるライルディンを仕留めたのは、エルフの少女、アン。

彼女自身も類稀なる戦闘の才能を持ってはいたが、それでもラグールに選ばれる程ではなかった。


「対象の生体反応の消失を確認」

「うんうん、流石アンちゃんね」


覚醒センスを掛けて何倍も強くなったエルフの少女がエルフ族で最強のライルディンを打ち取った。

覚醒センスとは、誰もが相乗してその強さを増す訳ではなく、内に秘めている潜在力で決まる。

アンは潜在力がズバ抜けていた。

本来彼女のレベルは41だったが、今の強さは倍以上だろう。


しかし、アンとて無傷ではなかった。

右目は抉られ、片腕はかろうじてぶら下がっている程度だった。


そんな彼女を見て、攻めるならば今しかないと、ギリスは考えた。ライルディンの死を無駄にしてはならないと。

視線を送り、意図を理解したラグールの3人がアンに向かって飛び掛かる。


しかし、一瞬にして3人の首が飛んだ。

恐らく本人達は何をされたか理解すら出来ないままに絶命した事だろう。

彼等とてエルフ族最強のラグール。

その彼等がまるで虫ケラのように扱われている事実。

事実、今の攻撃が見えたものはこの場には誰一人としていなかった。


ありえない。

なんだあの速さは?

私が目ですら追えないレベルだとでも言うのか?

ギリスは自問自答していた。


団長亡き今、兵達に指示を飛ばすのはギリスの役目だった。


撤退か?

いや、ありえない。

団長が命を賭してまで削ってくれたあの化け物に回復の時間など与えてなるものか!

ただ速いだけなら、遠距離から躱せない範囲で畳み掛けるだけだ。


魔術隊に指示を出し、取り囲み一斉に魔術を放つ。


エルフの最強部隊という事もあり、その火力は凄まじいものがあった。


全てを溶かす灼熱の炎に、雷鳴轟く巨大な五十土いかづちに、触れたもの全てを凍らせる氷嵐ブリザード


本来ならば、その一つ一つでさえ単一個体に対しては十分過ぎる程の火力だった。


魔術が放たれた瞬間、アンは構えを取った。


魔術反射ターニングサークル


アンに向け、放たれた魔術が、あろうことかそのまま術者に跳ね返る。

当然そんな事を予期していなかった彼等は、自らの魔術で絶命する。


「何だと・・・」


ギリスが驚愕な顔をし、ユリシアが追い打ちをかける。


「どう?私のアンちゃんは強いでしょ?」


仲間内では撤退が囁かれていた。

この光景を目にしてしまった以上、最早誰も彼女に挑もうとは思わないだろう。


「撤退?させるわけないでしょ?私の計画を阻んでくれちゃった貴方達には、もれなく私の駒にしてあげる」


何人かが元来たトランスゲートのある地下を目指し、走り出す。

しかし、退路を一瞬で移動したアンに首を落とされてしまった。


「抵抗しなければ、死なずに済むのよ?何を迷う必要があるのかしら」



せめて、あの魔王さえ始末出来れば・・・

ずっと機会を伺っていたギリスがここへ来て動いた。


転移の腕輪を発動させ、ユリシアの背後に移動したギリスは剣を首元に突き立てた。


ギリスが移動したと同時にラグールの2人がアンの足止めを図る。


1秒でも時間が稼げればそれで良かった。それ以上は望まない。

ギリス様の時間を少しでもと、しかしその1秒がとてつもなく遠い。

命を賭してさえ、彼等のそれは叶わなかった。


ギリスの剣がユリシアの首に触れるよりも早くアニは、手にした短剣でギリスの首を撥ねようと振りかざす。

しかし、何故だかその状態のまま固まってしまった。


まさに一瞬の出来事に間に合わないと悟ったギリスだったが、予想外の事態に理解が追いつかなかった。

神の与えたもうた奇跡だと勝手に解釈し、そのままなりふり構わず剣を差し込んだ。

当のユリシアは、この刹那の出来事に反応すら出来ていない。

ギリスは抵抗されるかと思いきや、あっさりと身体を貫通して悲鳴をあげたユリシアを見て、若干の違和感を覚えつつも、確かな感触に、2度、3度と突き立てた。


アンはというと、アニの発動した呪縛によって身動きを封じられていた。

術者のレベルの差もあり、止めていられるのは3秒もないだろう。

しかし、今の状況だとそれで十分だった。


その上から巨大なゴーレムの拳が迫る。


ルーが三度召喚したアーマーゴーレムの正拳突きだ。

作戦を相談しあったわけではないが、視線を合わせただけで理解し合い、互いに実行に移した。


近くにいたギリスは、巻き込まれないようにギリギリでそれを躱す。

アンは身動きが取れぬままにユリシアと共に押し潰された。


「すぐに逃げましょう!!」


アニが叫び、ユイ達を連れてトランスゲートへと向かう。

この場にいた者の中でアニだけは把握していた。


まだ勝負は決していないと。

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