第172話: 勇者の力
(俺は、負けた・・のか・・)
薄れ行く意識の中、ギールは自分の不甲斐なさを只々嘆いていた。
ギールの隣には、既に物言わぬ骸と成り果てていたオーグの姿があった。
「オー爺・・・す、すみません・・・俺では勝てませんでした・・」
ギールの正面には、背丈よりも大きな鎌を持った少年の姿をした人物がそこにいた。
少年の名前は、スイ。
スイは、鎌を構える。
そしてギールに対して無情にもその鎌は振り降ろされた。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
30分程前に遡る。
ミーチェとゴエールを洞窟の外まで運んだギールは、オーグを助けるべく、1人舞い戻った。
スイの隙をつく為、背後から神速の剣技を放つ。
人の首を跳ねるのならば、十分すぎる力だった。
しかし、ギールの剣がスイの首に触れた途端、その剣が真っ二つに折れてしまった。
正確には、触れた部分が一瞬のうちに溶けてしまったのだ。
ギールは、驚きはしたが、それで手を止める事はしなかった。
物理攻撃が通じないならば、魔術で仕留めればいいと、戦法を変える。
マジックバックより、杖を取り出したギールは、スイ目掛けて
着弾する寸前、スイを縛っていた
オーグの限界だった。
それを察知したスイは、
高速で振るわれた大鎌から発生した真空波がギールを襲う。
ギールもまた、迫り来る真空波を華麗に躱す。
「すまん、ギール」
オー爺は、その場に両膝をつくと、懐から回復ポーションを数本取り出し、一気に飲み干した。
「たった2人で僕に勝てるとでも?」
「そんなのは、やってみないと分からないだろ」
物理攻撃はスイには効かない。
魔術で応戦するしかない。
ギールは、勇者だ。
剣での攻撃が一番得意ではあるが、魔術師顔負け程度に魔術を使う事が出来た。
剣魔両道、それが勇者と呼ばれる存在だ。
ギールを再び、重力のようなものが襲う。
スイが発した威圧だった。
しかし、身体強化中のギールには、あまり効果はなかった。
「アイシクルレイン!」
スイの頭上から数多の氷柱が襲う。
そこに、多少回復したオーグも一緒になり、アイシクルレインを放つ。
降り注がれる氷柱がスイ諸共地面をえぐり、砂煙を巻き起こした。
「大丈夫ですか、オー爺」
「まぁ、何とかのぉ。それより、なんで戻って来たんじゃ」
ギールは、口元を緩ませる。
「死ぬときは同じ戦場でって約束したじゃないですか」
「ふんっ、若造が死を急ぐもんじゃないわい」
突如として、爆発音が洞窟内に鳴り響き、無数の礫が2人を襲う。
即座にオーグが、障壁を展開する。
「今のは、少しだけ効いたかな」
土煙が晴れた先にいたのは、無傷なままのスイだった。
先程までと違うのは、その身体の周りに紫電が走っている事だ。
バチバチと音を立てている。
右手をまっすぐにこちらに向け、人差し指を突き立てた。
「今度はこっちの番だよ」
直後、凄まじい衝撃が2人に襲いかかる。
そのさまは、まさに真っ直ぐに放たれた雷のようだった。
スイの放つ魔術がオーグの展開していた障壁にぶち当たる。
障壁は、例外を除き術者の魔力が続く限り壊される事はない。
どれくらいの時間が経ったのか、実際は数秒程なのだろうが、2人にはそれがかなりの時間に感じていた。
これ程の魔術が直撃すれば、いくら大魔術師と呼ばれているオーグや勇者であるギールでさえも、消し炭となるのは必至だ。
生きた心地がしない数秒というのは、実際長く感じるもので、今回も例外ではなかった。
なんとか攻撃に耐えきったオーグは、息を切らしていた。
「はぁ・・・はぁ・・・、回復した魔力を全部持っていかれたわい・・」
「すみません、後はやります。オー爺は回復していて下さい。バーストを使ってみます」
「下手すれば死ぬやもしれんぞ?」
「覚悟の上です。それに、このままだとどのみち遅かれ早かれ結果は同じです」
スイが、ゆっくりと歩み寄る。
「耐えられちゃったか、中々やるじゃん。だけど、次はどうかな?」
考えている時間などなかった。
ギールは、片手を天に向けた。
そして、徐に詠唱を唱える。
その行動を見たスイは、何かを察知したのか歩みを止めた。
途端にギールの身体から赤い蒸気のようなものが溢れ出す。
バーストとは、以前ユイが無意識で発動させたバーサクと似たようなスキルだ。
効力はバーサクとほぼ同等だった。
しかし、バーサクは任意に発動させる事は出来ない。
バーサクと違い任意に発動させる事が出来る点はメリットとしてあるが、力を使い過ぎると暴走状態となり、自我を失う事さえある諸刃の剣だった。
ギールは、マジックバックから1本の剣を取り出した。
その剣は聖剣と呼ばれる類のもので、特殊効果の一つに破壊不可があった。
以前、勇者の称号を授かった時に国王より頂いたものだった。
これならば、スイに溶かされる心配もないだろうと考えていた。
最初から使わず今まで温存していたのには、理由があった。
この聖剣は、使用者の寿命を対価として力を発揮する危険な物だった。
実際、ギールもこの聖剣を手に入れてから使用した事は、過去に数回程しかない。
目の前の相手に、力を温存して勝てるはずなどなかった。
持てる最大の力を出してさえ届かないかもしれない。
(出来る事は全てやる!出し惜しみしていたら、一瞬で死ぬ!)
「行くぞ!」
ギールは消えた。
正確には、消えたように見える程のスピードで駆けていた。
スイの目の前まで移動すると、一太刀振るう。
今回ばかりは、スイもただ切られてやるような無防備ではなかった。
背丈よりも大きな鎌を使い、ギールの剣を受け止めた。
武器同士がぶつかり合う甲高い金属音だけが、静まり返った洞窟内に流れていた。
幾分か斬り合った後、防戦一方だったスイが反撃を開始する。
「剣で斬り合うのも楽しかったよ」
ただ一言だけ残して。
ギールの視界からスイが消えたかと思うと、次の瞬間見たものは自らの腕があらぬ方向へと飛んで行く姿だった。
「何が起こった・・」
自身の身に起こった状況が理解出来ていなかった。
不可解な攻撃を受けた為、考えるよりも先に足が動いていた。
ジャンプし、その場から後方へと退避するギール。
しかし、スイの攻撃は止まらない。
いつの間にか手に持っていた鎌が無くなっている。
剣で斬りつければ防ぐ手段はない。
絶好のチャンスだと言うのに、ギールは動けなかった。
恐怖からではない。
今まで培ってきた戦闘経験からくる勘のようなものだった。
近付けば即座にやられてしまうと。
次の手を考えて、攻めあぐねていると、突然スイの足元が爆ぜた。
オーグにより魔術援護だった。
「一気に畳み掛けるんじゃ!」
「はい!」
ギールもそれに続く。
火には耐性があると推察したオーグは、水系統の魔術を連発していた。
ギールもそれを感じ取り、
お互いが、残り少ない魔力をフルに使い魔術をありったけ叩き込む。
魔術を打ち終わると、そこには洞窟本来の静けさを取り戻していた。
2人は息を殺して、五感を最大限研ぎ澄ませる。
どんな不足な事態にも対応出来るように。
!?
風の流れが変わった。
先程までスイの居た場所を中心にして、周りの風が渦巻いていく。
2人は吸い込まれまいと踏ん張っていた。
「あれは・・」
「知ってるんですか!」
「ロストマジックに似たようなものがあるんじゃ。超高密度に圧縮した風の玉が弾けたらどうなると思う?」
「・・・ば、爆発ですか?」
「恐らくの。障壁を張る!こっちへ来るんじゃ!」
オーグが障壁を張ったのとスイが発動したのはほぼ同時だった。
「エアリアルストーム」
まさに暴風の中、当然2人には聞こえる事はなかった。
ギールの意識が戻った時、そこは崩れ落ちた岩肌の瓦礫の山と化していた。
「オー爺!!!!」
その中に明らかに他とは違い、一箇所だけ直径5m程の更地が出来ていた。
そこに横たう1人の人物。
その姿は半分白骨化していた。
しかし、ギールにはその人物が誰なのかすぐに分かった。
「あれ、やっと気が付いた?君が気を失ってる間に、彼は勇敢に戦ってたよ?」
「ちくしょう・・俺はこんな時に気絶していたのか・・確か、風魔術を喰らって・・」
ギールは、いつの間にか発動させていたバーストが切れている事に気がつく。
「グッ・・身体が動かない・・」
ダメージを喰らっていたのもあるが一番の原因は、バースト使用後のデメリットだった。
三日三晩まともに動く事すら出来ない程に深刻なものだった。
勿論、ギールとてそれを知っていながら使用していた。
事ここに至っては、もうギールに出来る事は残されていなかった。
ただ死を待つのみだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この回の冒頭へと戻る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます