第171話: 不死の王

「・・・オー爺、シャモを火葬してあげてくれませんか」


ミーチェは、声を殺して泣いていた。

ゴエールは、地面に座り込み何やら無言で口をパクパクさせていた。


冒険者である以上、仲間が死ぬ事はある程度は覚悟している。

しかし、残された仲間が悲しい事には変わりない。


ギールだって、それは例外ではない。

このメンバーの中では、シャモとの付き合いが一番長いのもまたギールだった。

だが、悲しんでばかりはいられない。

ここはまだ敵地のど真ん中なのだ。

いきなり背後から敵が襲って来ないとも限らない。


「ミーチェは確か神官の免状を持ってたよね。シャモが迷わずに成仏出来るように唄を歌ってあげて欲しい」

「っすん。わ、分かった・・」



シャモ供養が終わり、ギールは2択を迫られていた。


「どうするの、ギール」

「俺はシャモの仇を討ちたいぜ」

「ゴエール、目的を見誤らないでくれよ。俺たちの今回の依頼内容は、あくまでも謎の生物の討伐だ。だけど実際は討伐どころか、まだその存在すらもこの目で確認さえ出来ていない」

「だったら、進むの?」


皆がギールの答えを待つ。


「いや、一度戻ろう。相手は得体の知れない化け物だ。少なくともシャモを凌駕出来るほどの実力は持っている事は分かった。ならば、こちらもそれに見合った体制で迎え撃つ必要がある。一度、マルガナ国まで戻り、部隊を再編成して貰おう」


ゴエールは、舌打ちをしながらも、渋々といった感じでギールの言葉に首を縦に振った。


「迅速に事が進むようにギルドには連絡しておきますね」


そして、ギール一行が、戻ろうと背を向けた時だった。


「ニガサナイ」


当然、ここにいる4人の誰の声でもない。

しかし、辺りを見渡すが誰もいない。

すぐに4人は一所に集まり、警戒体制をとる。


「誰だ!姿を見せたらどうだ!」

「ギール!あそこだ!」


ゴエールの指差した先は、退路でもある入り口へと続く1本道だった。


ボロボロのフードコートを頭から被っている。

身長は意外に低く、この中で一番低いミーチェよりも頭一つ分まだ低い程度だった。


「何者だ!」


ギールが問いかけるが、相手から返事は返ってこない。


「気をつけるんじゃ。目の前におるというのに、索敵どころか気配すら何も感じぬ」


何の反応もない相手にシビレを切らせたゴエールが、盾投スキル、シールドブーメランを投げ放つ。


超重量の銀製の盾が風切り音を立てながら、飛んで行く。


誰もが弾くか、避けるだろうと思っていたが、結果はそのどちらでもなかった。


なんとそのままフードコート毎、両断したのだ。


しかし、ここにいる誰もがこれで終わったなどとは、自惚れていない。


羽織っていたフードコートがスパッと切られ、中の人物の姿が露わとなった。

どう言ったカラクリか、シールドブーメランによって両断されたにも関わらず、中の人物は何事も無かったようにそこに立っていた。

そしてその姿に誰もが目を疑った。


無理もない、そこに立っていたのは年端もいかない少年のような風貌をしていたからだ。


Uの字を描くように戻って来た盾をキャッチしたゴエールは、その異様なまでに変形した盾を目の当たりにして、すぐに放り投げた。


投げ捨てられた盾は、煙を上げながら、次第に溶け、やがて跡形もなく液体へと成り果てていた。


その光景を嘲笑うかのように見ていた少年。


「僕の名前はスイ。この世界に混沌と絶望をもたらす者。2000年の永き眠りから復活し、再びこの世界を蹂躙してくれよう」

「なら、お前が不死の王ノーライフキングなのか」

「貴様たちの呼び方なんて知らない」


ギールは、極力冷静さを装ってはいるが、内心はビクビクと震えていた。


相手が名乗ったと同時に発せられた負のオーラによって、ゴエール、ミーチェは片膝をついていた。


オーグは、平気そうな顔をしているが、ギールは立っているのがやっとの状態だった。


「僕の絶望を喰らって意識が飛ばないって事は昨日の奴と同様に雑魚じゃないみたいだね」


昨日の奴とは、勿論シャモの事だった。


「やはりお前がシャモを殺して操っていたのか!」


歯を食いしばり、その場に立ち上がるゴエール。


その姿を見たスイは、口元を緩ませ、ゆっくりとギールたちの元へと歩み寄る。


初動さもなく虚空から自身の身長よりも大きな鎌を取り出すと、それを肩に担ぐ。


「ギルフレイム」


微かに発せられた言葉の後、突如としてスイの足元から炎の渦が沸き上がり、スイの身体をスッポリと覆い隠す。


「ギール!今の内に全員を抱えて逃げるんじゃ!此奴はワシが抑える!」


今この場でまともに動けるのは、オーグとギールだけだった。

ギールも先程までは、立っているのがやっとだったのだが、身体強化を発動させ、いつも通りとまではいかないまでも、走ったり出来る程にはなっていた。


力の差を感じたからこそのオーグの判断だった。


ギールは、オーグの言葉を聞き、思うところはあったが、すぐに行動を開始する。


右手にゴエールを抱え、左手にミーチェを抱え、この場から離れようとした時だった。


「逃すと思うの?」


炎の渦に包まれていたスイが、何事もないように、燃え盛る火柱から出て来た。


その行動に一番ショックを受けていたのは、他ならぬオーグだった。


「あれを喰らって、火傷一つなしとはの・・」


しかし、オーグはすぐさま次の魔術を行使する。


聖なる釘ホーリーレイ!」


杖先から、まるでレーザービームのごとく真っ直ぐ伸びた光の直線がスイの身体を貫いた。


オーグは、頬を緩ませる。


「これはな、単に穴を開けるだけじゃないぞい。動けまい?」


スイは、動こうと試みるが、身動き一つとれない。


「ふーん。やるじゃん。確かに動けないね。復活したてでまだこの肉体本来のパワーが戻ってないのもあるけどね。でも、あんたも結構キツそうだけど?」

「気のせいじゃ。それよりも少しお喋りをせんかの?」

「なに?」

「お前さんは、何故戦うのじゃ?」

「そんなの簡単だよ。僕は自分以外の生物が嫌いだからね。だから、皆殺しにするんだよ」


オーグは、声と共に発せられた威圧に、一瞬だけ意識を持っていかれかけた。


(危ない危ない。それにしても、何て力なんじゃ。とても戦って勝てるビジョンが見えんのぉ)


オーグは、額から少なくない汗を流していた。


聖なる釘ホーリーレイは、対象を射殺すのが目的ではなく、貫いた相手の動きを封じるものだ。

相手の急所に近い部分を射止める事で、その効果は格段に跳ね上がる。

オーグは、人本来の心臓がある箇所を狙い、それを正確に撃ち抜いていた。

聖なる釘ホーリーレイを打ち破るには、肉体本来の力で抗う必要がある。

拘束中は、相手が強者であればあるほど、術師は魔力と体力を奪われる。


オーグの力を持ってしても、少しの間だけ動きを止めるので精一杯だった。

当然、オーグ自体もまた全く身動き一つ取ることが出来ない。


オーグは覚悟していた。


自分の命は、ここで散るのだと。

聖なる釘ホーリーレイの効果が切れるイコールそれが、命が尽きる時。

命のカウントダウンがカチカチと鳴っていた。


(悔いはない。皆を逃す事が出来たのじゃからな・・・いや、一つだけあるのお・・・目の前のニヤついている彼奴に何か一泡吹かせてやりたいのぉ)


!?


オーグは、余分な魔力消費を避ける為に索敵をオフにしていた。

だから、気が付かなかった。


その姿を視認した時には、既にターゲットに剣を振り下ろしていた。


ギールだ。


皆を抱えて逃げたはずのギールが、戻って来たのだ。

スイは反対方向を向いている為、ギールの事は見えていない。


躊躇いなく振り下ろされたギールの剣は、確かにスイの首元を捉えていた。

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