第170話: シャモ

地面にヘタレ混んでいるギール。

彼の周りには心配そうに覗き込むミーチェの姿があった。


「はぁ・・はぁ・・」

「ギール大丈夫?」


ギールたち勇者一行の周りには、原形を留めていないただの肉塊と化したヒュドラが散乱していた。


「だらしないのぉ。ワシはまだピンピンしておると言うのに」

「そりゃ、魔力量は、ギールよりオー爺の方が圧倒的に上だからな」


ギールの背中をバンバン叩くゴエール。


「急激に魔力を底まで使った事による、一時的な魔力欠乏症だから、直に楽になると思うわ」


ゴエールを跳ね飛ばして、ギールの背中をさするミーチェ。


つい数分前までは、誰が見ても圧倒的窮地の場面だった。

しかし、彼らにはその窮地を打破する為の奥義とも呼べる奥の手を隠していた。


勇者ギールの固有スキル『断罪せしベリオーガ』。


自身の全ての魔力と引き換えに、発動する事が出来る。

鎌鼬の旋風を巻き起こし、全てのものを粉微塵にする。威力、距離は、込められた魔力量に依存する。


ギールだけの魔力ならば、ここまでの斬れ味、広範囲に展開させる事はできなかっただろう。


本来、勇者であるギールは、並の魔術師と比べれば、数倍の魔力量を秘めているが、大魔術師と呼ばれているオーグと比べるとまた数倍は違う。


オーグは、ギールがスキルの発動に際して、魔力供給を行なっていた。

こうする事で、ベリオーガの威力を倍にする事が出来る。

魔力供給は、相手の総魔力量以上を供給する事は出来ない。


ベリオーガは、ギールだけが使える固有スキルだ。

連続使用は出来ず、1日1回という制限がある。


「オー爺、索敵反応があれば、すぐに教えて下さい」

「了解じゃ」


一行は、1人で立つ事が出来ないギールを抱えて、見晴らしの良い開けた場所から離れる。


「どちらにしても、こんな事態は異常だ」

「だなあ、何かが起こっているのは、間違いない」

「私たちの見たもの、知り得た情報は全て国に報告していますよ」


魔導具:コンタクト


イヤリングの形をしていて、左右でそれぞれ用途が違う。

一つは受信部でもう一つは送信部となっている。

受信部から発した音声が送信部の方から聞こえる仕掛けとなっていた。


この魔導具の凄い所は、距離制限がない所だ。


今回、謎の生物討伐の依頼を受けた際に、国により貸し出された国所有の魔導具だった。

勿論誰にでも貸し出される物ではない。

条件としては、一つは勇者である事。

もう一つは、国からの任務の場合だった。


知り得た情報をタイムリーに伝える為に重宝されている。

それをギールから渡されたミーチェは、逐一情報を国で待っているギルドマスターに報告を入れていた。

勿論、一方通行の為、返事が来る事はない。


ギールは、渋い顔をしている。

この辺り周辺で何かが起こっている事は確実だった。


暫く、物陰に隠れ、この後の行動について話し合っていた。


「先へ進もう」


依頼の事もあるが、何より仲間を放っておめおめと帰る訳にはいかなかった。


再び獣道のような人がすれ違えれるかどうかギリギリの道を突き進む。

先頭には盾役のゴエールを置き、その後ろには回復したギールが続いている。


しかし、その後は打って変わり目的地周辺までモンスターと遭遇する事はなかった。


「ギール、身体はもう大丈夫?」

「うん、もう問題ないよ。それにしても結局、ここまでシャモには会えなかったな」


オーグが怪訝そうな顔をする。


「どうしたの?オー爺」

「妙なのじゃよ」


オーグは、洞窟の方を一心に見つめる。


「あの洞窟の中から、シャモの存在を感じるんじゃ」

「え、やっぱりシャモがあの中にいるのね!早く迎えに行こうよ!」


ミーチェが飛び上がって喜ぶ。

駆け出して行こうとするミーチェの手をギールは掴んだ。


「ミーチェ待って。オー爺、何故妙なのですか?」

「うむ。生命反応を感じれんのじゃ」

「どういう事だよ、爺さん。シャモの存在を感じるんだろ?」

「だから妙じゃと言っておろうが。シャモは、十中八九あの中におる。じゃが、生死は不明じゃ。洞窟の中に索敵に干渉する何らかの力が働いているのかもしれんがのぉ・・・あるいは・・・」

「で、でも確かめない事には分からないよ!」


ギールに掴まれている手をミーチェは振り解こうとする。


「他に反応はありますか?」

「いや、どうやら相当中は広くて長いようだ。全ては察知出来てはおらんが、シャモの反応以外は感じられん」

「よし、なら先へ進もう。シャモを回収次第、撤退し、一度マルガナまで戻ろう」


洞窟の中は薄暗く、入り口からの外の光が届かなくなると、そこは暗黒と無音の世界が広がっていた。


ミーチェが、聖光を唱える。


杖先から広がった光が次第に周りを照らす。


「いつもは、シャモが照らしてくれてるんですけどね・・」


依然としてシャモの身を案じているミーチェの表情は暗い。


「シャモと思われる反応は、この通路を曲がった先じゃよ」

「みんな、何が起こるか分からないから油断するなよ」


恐る恐る曲がり角を曲がった先に待っていたのは、1人の人物だった。


「シャモ・・なの・・・」


恐る恐る声を掛けるミーチェ。


衣服はボロボロだが、目の前に立っていたのは、確かに彼等の仲間であるシャモ、その姿だった。


立ったまま、俯いている。

ゾンビのように徘徊している。

様子がおかしいのは火を見るより明らかだった。


「気を付けろ、様子が変だぞ!」


その声に反応して、シャモが此方を見る。


「きゃっ」

「そ、そんな・・」


全員がシャモを見た途端、驚き、おののく。


顔を上げたシャモには、眼球がなかったのだ。


「これで、はっきりしたの。シャモの気配がおかしかったのは、もしかしたら幻惑か何かで操られているだけかと思っておったのだが、既に、もう死んでおる」

「くそっ・・一体誰の仕業だ!」


シャモは、愛用の両短剣を手にしたまま、真っ直ぐにギールたちに向かい突進してきた。


すかさず、ゴエールが割って入り、シャモの攻撃を受け止める。


「オー爺、シャモに捕縛を!」


オーグが杖をかざした時だった。

何かを察知したのか、シャモが後ろへと退いた。


「ギールよ、彼奴がシャモのスキルを使えるならば、少し厄介じゃぞ」


オーグが言った矢先、距離を置いていたはずのシャモが一瞬にオーグの目の前に現れたのだ。

薙ぎ払われた剣撃を避ける事が出来ず、オーグは、もろに食らってしまった。


「ぐっ・・」


ある程度の打撃を無効化してくれるシールドを常用していた為、一撃で砕かれてはしまったが、致命傷には至らなかった。


「オー爺!」


シャモは、またしても後方へと退く。


「すぐに治癒します!」

「すまんのぉ、油断したわい」

「気を付けろよゴエール!あいつは、シャモの強さそのものだ!シャモの二つ名を知ってるだろ!」

「神速か・・」

「速さなら、俺よりも上だ!あいつは、俺が相手をする。ゴエールは、2人の盾になってくれ!」

「分かった。無理はするなよ」

「伊達に勇者は名乗ってないさ」


先手を打たれる前に、ギールがシャモとの差を詰めた。

凄まじい速度で剣による突きを繰り出すが、シャモもそれを難なく躱す。

そして、背後に周り盗賊スキル、クロスブリットを放つ。

ギールは、その攻撃を盾で否して攻撃に転じようとしたが、シャモはギールを無視し、ゴエールたちの方へと向かった。


「くそっ!させるか!」


シャモを追おうとしたギールは、床に設置してあったトラップにより、途端に足元が爆ぜた。


轟音と煙が先程までギールがいた場所で発生する。

そこにはギールの姿はない。


シャモは既にゴエールの目の前まで迫っていた。

その攻撃を防ごうと、ゴエールは盾を前に向けた。


しかし、シャモの攻撃がゴエールに届く事はなかった。


「終わりだ」


先程、シャモが仕掛けたトラップに巻き込まれたギールが、シャモの首を刎ねたのだ。


ギールの動きも素早いが、シャモ程ではない。

ギールが使ったのは、一日の使用制限のあるスキル、瞬移だ。

指定地点に転移する事が可能だ。

瞬移により移動出来るのはせいぜい50m程だが、一発逆転のギールにとっても奥の手と呼ばれる程のものだった。

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