第32話: 水中探索
朝から買出しに出かけていた。
お目当ては、水着だ。
と言うのも、昨晩ユイが急に泳ぎたいと言っていたからに他ならないのだが、どうやらクロも泳いでみたいそうだ。
しかし、2人とも泳いだ事は未だかつて一度もないと言う。いい機会なのでみんなで海水浴もとい湖水浴と洒落込んだわけで。
そして水着を求めて何軒かハシゴするが、水着の類が全く見当たらなかった。
俺は少し気恥ずかしさを感じていた為、1人で探していたのだが、らちが明かない為、諦めて店員のお兄さんに尋ねた。
「すみません、水着は置いてますか?」
「ミズギ?ですか?」
「はい、水の中に着て入る服です」
「水の中へは、普段着で入ると思うけど?」
へ?
店員さんに色々と話を聞いてみると、この世界には水着と言う概念がないらしい。
水の中には普段着のまま入るのだそうだ。
薄着ならともかく、普通の衣服のまま入ると、まともに泳げないと思うのだが、もしかしたら、水の中に入る為の魔術や道具の類があるのだろうか?
雑貨屋を後にし、今度は魔術屋へと足を運ぶ事にした。
目的地である魔術屋と思われる建物の前まで到着した俺達は中に入るのを躊躇していた。
それもそのはずで、建物全体が水の膜に覆われていたのだ。
かろうじて入り口と看板は見えている為、ここが目的の場所である事は間違ってはいないはずだけど。
だけど、入り方が分からない。無理に入ると確実にずぶ濡れだろう。
暫く入るのを躊躇っていると、魔術屋の中から人が出てきた。
水の膜を気にする事なく普通に歩いている。
コイツ、なにやつ⋯なかなかやりおるな。などと変な事を考えていると声を掛けられる。
「いらっしゃい、なんだい、兄ちゃん、この街は初めてかい?」
どうやら、出て来たのは客ではなくこの魔術屋の店員のようだ。俺が戸惑っているのが店の中から見えたので出てきてくれたようだ。
「わざわざすみません。そうなんです。昨日到着したばかりでして」
「そいつは、これを見ちまうと戸惑っちまうな。悪い悪い」
店員は苦笑いしている。
どうやら何も気にせず中に入れば良かったらしい。
店員と一緒に店の中へと入る。
水に濡れてしまうと思っていたのだが、どういう原理なのか、濡れる事はなかった。
なんとも魔訶不思議である。
「さぁ、うちの商品を見て行ってくれよ」
店員もとい店主が商品リストを提示してきた。
さすがに水上都市だけあり、水にちなんだ魔術ばかりだった。
その中で特に気になった物は、5つだけかな。
1、バブルシャワー
説明:無数の泡を発生させる事が可能。
参考取得必要年数:1年
価格:金貨3枚
2、
説明:水上歩行する事が出来る。他者に付与する事も可能。
参考取得必要年数:20年
価格:金貨10枚
3、
説明:水の壁を作り出す事が可能。
参考取得必要年数:2年
価格:金貨1枚
4、ウォーターコーティング
説明:水に濡れても濡れない膜を対象に施す事が可能。
参考取得必要年数:10年
価格:金貨15枚
5、
説明:水の中で呼吸する事が可能。他者に付与する事も可能。
参考取得必要年数:20年
価格:金貨10枚
4と5を組み合わせたら水に濡れる心配もない上に息継ぎの心配もいらない。
取得年数は俺には関係ないので購入後即取得可能だ。
それにしても
「この4つを下さい」
「兄ちゃん金持ちだねえ。すぐ持ってくるから待ってな」
店員さんは、奥の部屋へと行き、すぐに魔術書を4冊抱えて戻ってくる。
一応確認しておく。
「この街でダイビングが使える人っているんですか?」
「ほとんどいないな。少なくとも俺は見た事がない」
そう言い、笑っていた。
やはり相当に取得は困難なのだろう。
さて、目的の物も購入できた事だし、魔術屋を後にする。
水着を用意する必要は無くなったので、遊泳場に向かっていたのだが、その道中で図書館を発見してしまった。
図書館はこちらの世界に来て初めてだった為、非常に興味をそそられた。元の世界へと帰る糸口が見つかるかもしれないと。
早く泳ぎたいユイやクロには悪いが、少し中を覗いていく事になった。
図書館の中は、中々に広い。
天井までは高さ5mはあるだろうか。
ビッチリと上まで本が並んでいた。
上の方にある本は一体どうやって取るのだろうか。
ハシゴや階段の類は見えないが、まさかジャンプでもするのだろうか⋯。
となると、オリンピック級の選手でもない限りあそこまでは届かないだろう。
これだけあると、目当の本を探すのは相当に骨が折れそうだ。
「こんにちは」
爽やかな笑顔のお兄さんだった。中々のイケメンである。
「どうも、こんにちは」
俺も対抗するべく笑顔で答えた。
この図書館には、5万冊以上の書物があり、量の多さに正直萎えてきそうだったが、そんな人の為に便利な仕組みが施してある。
ブックチェッカーと呼ばれる水晶玉が何箇所かに設置してあるのだ。
このブックチェッカーと言うのが優れもので音声認識で、該当の本が置いてある場所を教えてくれる画期的なものだ。
俺が探している本はもちろん元の世界に帰る方法が記載されている物だった。
単純にそんな名称の本はない為、異世界とか、召喚とか、転移とかのキーワードで探していた。
ブックチェッカーの検索結果は、
異世界は、子供向けの童話が12冊hit。
召喚は、精霊術師関連で30冊hit。
転移は、魔族が使うスキルの時限転移に関する本が2冊hit。
なかなか目当の本に辿り着けない。
その後も黙々と本を探し続ける。
そして、目の前の1冊の本が目に止まった。
この水上都市に関する本なのだが、都市が浮かんでいるこの湖には、元々巨大な帝国が栄えていたそうだ。
しかし、何かの原因で一夜にして突如水没してしまったという事だ。1000年以上も昔に。
この話はこの地で暮らす人々には有名な話だそうだが、誰もこの話が本当の話なのか分かっていない。
ここに都市があったという決定的な証拠が見つかっていないのだそうだ。
図書館を訪れてから既に2時間が経過していた。
流石に我慢出来なくなったのか、さっきからユイが「まだぁ〜?」と連呼していた。
また来れば良いので、今日の所は諦める事にする。次に来る時までに何か良いキーワードを探しておかないとね。
図書館を後にし、遊泳場へと向かった。
遊泳場は、この水上都市の端に存在していた。
すぐに目的地へ到着したのだが、かなりの人数がいるようだ。
単純に湖の一部がブイによる敷居で囲われているだけの粗末な造りで、ブイの内側のエリア内だけが遊泳可能となっていた。
湖にも関わらず、遊泳場は盛り土が施されているようで、一定の深さまでしかない為、よっぽど慌てていない限りは溺れて足が届かないという事はなさそうだ。
俺は油断していた。
そう、到着するや否や、ユイとクロが走り出してしまったのだ。
勿論、湖に飛び込むのが目的なのだろうが、2人の速さを俺は知っているので、追う事は無駄だと諦めた。
一言だけ添えておく事にする。
「あまり遠くへ行くなよ!」
「「は~い」」
てっきり、水の中へ飛び込むと思っていたのだが、さっきから見ていると足を水の中につけたり、離したりをしているだけだった。
何とも初々しい反応だろう。
初めての水遊びと言うのは、たぶん皆が同じ反応なんだろうな。
「入らないのか?」
「うーん、何だか怖い」
巨大蜘蛛や大ムカデに颯爽と飛びかかり仕留めてしまう2人が、水が怖いだと⋯。
確かに初めての場合は少し怖いのかもしれない。
周りを見渡すと、雑貨屋のお兄さんが言っていたように、普段着のまま水の中に入っている。
それを確認した上で、俺は水の中へと入っていく。
「冷てっ」
水温は15℃くらいだろうか?少し冷たい気がする。
2人も俺が入ったのを見ると、俺に続いて水の中へと恐る恐ると言った感じでついてくる。
「何か変な感じ~?」
「つめたい」
暫くは浅瀬で、水に慣れさせる事にした。
やはりというか予想通りというか、服が水で濡れて、ヒドイ事になっている。
これだと水に浸かるくらいならば問題ないが、泳ぐなんてとってもではないが、無理だろう。
すぐに沈んでしまう。
というか、周りで泳いでる人は1人もいない気がする。
水に入って歩く程度だった。
実際に入って確認すると、盛り土の遊泳場と聞いていたが、最奥までいくと、水深は2mくらいあった。
これだと子供だけではなく、大人でさえ溺れてしまうのではないだろうか?
周りを観察してみると、奥まで行く人はおらず、その場で潜ったり歩いたりして楽しんでいるだけだった。
ユイもクロも水に慣れたのか、浅瀬では顔を浸けられるまでになっていた。
それどころか強引に泳ごうとしている。
元々2人とも体育会系なので、怖くなくなってしまえば、本領発揮というものだ。
俺は2人と手を繋いで、奥の方へと進んでいく。
ユイの身長は精々1m40cmあるかないかなので、この辺りまで進むと、肩から上しか出ていない。
クロに至っては、もっと小さいので、顔だけしか出ていなかった。
しかし、恐怖心は既に無くなったようで、潜ったりして楽しんでいるようだ。
俺は一つの期待をしていたのだが、この世界では顔を水の中に浸けて、息をどれだけ止めていられるのかという事だ。
レベルに応じて、きっと何十分も潜っていられるものと思っていたのだが、結果は違った。
元の世界に居た時と変わらず、1分も潜っていると限界がやってくる。
正直残念だな⋯
さてと、ここからが本番だ。
俺は先ほど購入した魔術を唱える。
既に取得済みである事は言うまでもない。
「ウォーターコーティング!」
次の瞬間、透明の膜のようなものが俺を包み込む。
体に密着している感じだった。
その状態で
するとどうだろうか。
今、俺は水の中にいるにも関わらず、服が濡れていない。
全身をピッタリと覆っている膜が水をシャットアウトしている。
超防水服を着ているようなイメージだろうか。
この状態で試しに動いてみると、服が濡れていない分、スイスイと進むことが出来る。
まるで服を身に着けていないような感じだ。
予想通りの効果に俺は満足する。
次の実験へと移る。
「
全身が一瞬だけ薄っすらと光に包まれた。
そして、勢いよく潜る。
予想通り、水中で呼吸する事が出来る。
「やはり、この組み合わせでどこまでも泳いで行けそうだな」
しかも水中で会話も可能だった。
水面のユイと会話が成立していた。
「お兄ちゃんだけずるい!私も水中で会話したい!」
水中で会話が可能という事は、水中で魔術が使えるという事だ。
水中で戦闘になる局面になっても、恐らく大丈夫だろう。
その後水面へと戻った俺は2人にも同様の魔術を使用した。
この後は、3人で自由に水の中を堪能していたのは言うまでもないのだが、どこまでも行けるとなると欲が出てくるのが人の
遊泳可能エリア内には、水中生物はいなかったが、恐らくこのエリアの外には魚等の生物はいるだろう。
モンスターはいるのだろうか?
仮に居たとしても、この3人に敵うような奴らはいないだろう。
いくら水の中というハンデがあったとしても。
ん、ハンデ?
俺は魔術屋で買った中で使えるのがもう一つあった事を思い出していた。
「ウォーク!」
徐に水中を歩いてみる。
すると、水の抵抗を全く感じなかったのだ。水の中というのに地上を歩いているのと同じような感覚だった。
これはヤバいな。水中でも地上と同じような感覚ならば、水中生物恐るるに足らずじゃないか。
いや、そんな事はどうでもいい、
さて、今度こそ本題に入ろう。
この湖に沈んでしまった古代帝国を探してやろうじゃないか。
もちろん迷信の類かもしれないのだが、もしかしたら本当の出来事かもしれない。
ユイもクロも十分に堪能出来たようで、俺としても実験は大成功だった為、今日の所は引き上げることにする。
既にお昼過ぎとなっていたので、昼食を食べる事にする。
せっかくなので、眺めが良い所で食べたいと思い、朝一に買っておいた食料をストレージから出し、湖を眺めながら美味しく食べていた。
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