暖かな「休日」~その3~

 ~午後一時二十分~

 

 珠樹と明希は、パンケーキ屋の店内にいた。昼時を少し過ぎていたが、随分と人が多い。席に着くと、珠樹は御手洗いに行く、と言って連絡を始めた。


 珠樹がスクリーンを開くと、すぐに総司令が応答する。


「どうかな? 上手くいってる? 」低く柔らかい声で総司令は訊いた。


 「もう少ししたらいきますよ。心配は無用です」珠樹がキッパリとそう言うと、総司令はコホン、と一つ咳払いをしてから回線を切った。


 珠樹が席に戻ると、明希は既に注文を決め終わったらしく、メニューをパラパラとめくっていた。


 「珠樹さんは何にしますか」珠樹が戻ったことに気づいた明希がメニューを手渡す。


 「そうねぇ……」こういうとこに、来るのは士官学校以来だからさっぱり分からないわ……珠樹はページをゆっくりと捲ると、一番上に書いてあった「当店一番人気」のものを選んだ。


 注文が終わると、二人は話を始めた。


 「昨日会ったばっかりで、今日もまた会えるなんて、嬉しいです」明希がそう言うと、珠樹は額に汗が滲むのを感じた。


 「そうねぇ……奇遇だものね」何となく嫌な予感がする……珠樹は軽く眉をひそめた。


 他愛もない話をしていると、注文の品が運ばれてきた。二人は甘味に舌鼓をうった。


 ~午後二時半~

 食事と、一通りの買い物を終えた二人は駅にいた。後はここから明希を上手く国連軍本部に連れていって検査を受けさせればよいだけだ。珠樹が握りこぶしを強く固めた瞬間、明希が口を開いた。

 

 「珠樹さん、何かあって今日、私のところに来たんですよね」鋭い、珠樹は思った。ぽわ~っとしているようで意外とものを考えているようだ。


 「急にどうしたの? 」珠樹は落ち着いて聞き返した。どうやら上手くいかなかったらしい、顔を曇らせた珠樹に、明希は視線を下に向けながらこたえた。


 「いや、お買い物に付き合っていただけたのは嬉しいのですが、昨日の今日でいきなり珠樹さんに会うと、どうしても軍の方から沙汰があったのかと気にせずにはいられなくて……すいません、いきなり変なな事を聞いてしまって……」明希は申し訳なさそうにしている。


 「随分と頭が冴えてるのね、まったくその通りよ」珠樹は明希の不安を拭いさるように優しい口調で言った。


 「よかった……すごく失礼なことを言ってしまったんじゃないかって不安だったんです……」明希は少し視線を上げた。


 「ごめんなさいね、本当のことを言わなくて、でも、悪い話じゃないのよ」


 「どんなお話なんですか? 」


 「ちょっとした割のいいバイトがあるの、新型試験機のテストパイロットなんだけど……昨日の一件があったじゃない? 」


 「はい」明希は頷いた。


 「昨日の一件で総司令があなた達のことを気に入っちゃったのよ。それで今日私が駆り出されて来たの」嘘のような本当の話をする珠樹に、明希は終始目をパチクリさせていたが、すぐに落ち着きを取り戻すとこう言った


 「そうだったんですか……それならそうと早く言ってくだされば良かったのに……」


 「えっ……? 」今度は珠樹が目を回し始めると、明希は何事もなかったように続けた。


 「行きます、だって珠樹さん、お仕事なんでしょう……? 」明希の声は随分とハッキリしている。


 「良かった! それじゃあ早速行きましょう、昨日ほど時間はとらないわ、夕御飯には間に合うわよ」珠樹は意気揚々と言った。


 「ところで何をするんですか? 」明希の質問に珠樹はすぐこたえた。


 「多分模擬戦ね、しかも火器管制の……いけない、定時連絡の時間だわ! 少しの間失礼します」珠樹は物陰で定時連絡を始めた。


 「どうも、総司令、私です、珠樹です」


 「どうなったの? 」ひどく疲れた様子で声を絞り出すようにしている。


 「詳しく事情を話したら来てくれる、と言っています」


 「そりゃ良かった……うん? ……? 」総司令は言葉の隅の心配すべき要因に気づき、声を上げた。


 「ええ、はい、忙しいので切ります! 」


 「おい! ちょっと待て! ブツリ……」ツーツーと音をたてている、もはや何も映っていない黒い画面。


 始末書を書き終わったと思ったらすぐこれだ! 何となく何も言わないでやってた方がって感じでかっこよかったのに……総司令は頭を抱えた。


 『良かったんですか? 珠樹さん、いきなり回線を切ったりして……』AIが心配そうな表情をつけて宙に浮かんでいる。


 「うるさいわね……余計なお世話よ」珠樹は半ば吐き捨てるかのように言った。


 『それは失礼いたしました』すっかり恐縮した様子でAIはスクリーンの端へと消えていった。


 珠樹は明希のところへ戻ると、早速出発準備を始めた。近くの路地裏まで行ってスクリーンを呼び出し、専用通路を開いた。


 ゴウン、と音がして路面の一画がせり上がった。


 「さ、入って入って」珠樹に促されて通路内に入ると、自動車ほどの大きさの箱があった。


 「これに乗るのよ」ポンと箱を叩いた珠樹


 「動くんですか? 」


 「最新型のリニアモーターを採用してあるから大丈夫よ。AF用のカタパルトと同じくらいの速度は出るんじゃないかしら」


 珠樹と明希は箱に乗り込み、ハーネスをキッチリと閉めた。珠樹が目的地を選択するとリニアモーターが作動し、箱が僅かに浮き上がった。


 「それじゃあ、出るわよ」珠樹の一言とともに、箱が前方に滑り出した。


 適性検査の会場へとーーー



 


 


 


 


 


 


 


 

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