第84話 俺、休憩なし!?

「ふぅー、疲れた……」

 俺は心底からの言葉を零す。表情にもそれは表れていただろう。

 バイトなどしてない俺にとって、長時間立ちっぱはしの労働は、この上なくしんどい。

「あーっ、そうだ。盛岡は休憩なしだから」

 そこへ。死の宣告が届いた。……嘘だろ?

「嘘だろって顔してるけど、ガチだから」

「いやいや、労働基準法的にアウトだろ!」

「文化祭に労働基準法なんてありませーん」

 ふざけてやがる。絶対訴えてやる! って思ったけど八時間労働もしてなくねぇ?

「まぁ、昼飯食べる時間くらいはあげるからよ」

 まぁ、ってなんだよ。しぶしぶか? なんて悪魔な上司なんだよ……

「何ポカーンって顔してるわけ?」

 百パーセントと言い切ってもいい。志々目さんがニヤつきながら俺の元に来て告げる。

「分かってるくせに」

 志々目さんは悪びれた様子もなく、まぁね、と言い、肩に手を載せる。

 ポカーンってなるだろ? 休憩なしだぜ?

「何を言っても無駄だろうから、存分に昼食をゆっくり喰ってやる」

 口先を尖らせ、怒りをあらわにする俺に九鬼くんはしたり顔で付け加える。

「昼飯休憩、30分な」

 ……はぁ?


「30分とか……ありえねぇーだろ」

 スーツを脱ぎ、制服に戻った俺。制服落ち着くー。目立たねぇーし、制服ってすげぇ。

「まぁ、人気だったもんね。将大は」

 嫌味っぽく告げるのは、フリル付かぐや姫衣装に身を包む夏穂だ。俺のようになんで着替えなかったのか。それは、広告塔の為らしい。じゃあ、俺はなんで着替えたか?

 汚されたら困るかららしい。

 何ともひどい話だ。もう高校生だぞ? 幾ら何でも零さねぇーよ!

「そんな理由で休憩なしなんて言われたら、たまったもんじゃねーよ」

 手を頭の後ろで交差させながら歩く。ようやく出来た夏穂との二人きりの時間。

 にしては、どこか素っ気ない気がするがいまはこの時間を大切にしなければ。


「なぁ、何食いたい?」

 俺の苦労話なんかよりよっぽど重要である。しかし、夏穂は何だかつんけんとした態度で、

「別に」

 と答える。ここまで来れば流石の俺でも分かる。

「怒ってるよな?」

「全然」

 わざとらしく俺の方を向いて笑顔を浮かべる。

 絶対怒ってらっしゃるよ……

「な、ならいいんだけど……」

 ここで追求しても意味無いし。ただでさえ休憩時間も少ないって言うのにさ。

 気持ちを切り替え、俺は改めて夏穂に訊く。

「なんか食べたいものあるか?」

「本当に何でもいいよ」

 これが一番困る回答だ。全ておまかせ。だが、おまかせほど難しいものはない。

「んじゃ、とりあえず。歩くか」

 だから一緒に考えることにした。何があるかも分からない状況。これが最適解だと、俺は思ったんだ。


 室内の出し物は、揃って火が使えない。故に、あるものは決まってきている。喫茶店に、お化け屋敷。それから教室迷路や景品ありのクイズなどなど。どちらかと言えば、レクリエーションの類が多い。

 対して、校門から校舎へと繋がる道、すなわち外は火の使用が許可されている。そのため、出し物は食するものばかりだ。

 それもアイスなどの簡単な類はなく、フランクフルトや焼きそばなど焼いて食べるというコンセプトのものばかりだ。

 それらを踏まえ、俺と夏穂は校門を出て、多くの人が賑わう校舎の外へと出た。


「うわぁ、寒い」

 夏穂はかぐや姫衣装を自分ごとぎゅっと抱きしめ言う。

 まぁドンキで売ってるやっすいコスプレ衣装を改造しただけだからな……。防寒は備えてないだろう。

「大丈夫か?」

「う、うん……」

 弱々しい返事だ。俺は学ランのボタンを上から外す。ボタンが開く度、その隙間から冬の冷たい風が俺を撫でる。

 寒い。

 これは偽れない感想だ。だが、俺は学ランを脱ぎ夏穂の肩に掛けた。

「これでちょっとはマシか?」

 どこか照れくさい。夏穂は顔を真っ赤にして、小さく首肯する。

「そっか」

 俺は寒いけどな。

 夏穂の嬉しそうな表情は、そんな俺の芯を暖かくしてくれた。


 そして。俺は辺りを見渡す。鼻腔をくすぐるとても芳ばしい香りたち。

 それが引き金となり、抑えられていた空腹が一気に俺を襲った。

 ぐぅー。という情けない腹の虫がなる。

「わ、悪い……」

 頭を掻き、気恥ずかしそうに言うと夏穂は小さくかぶりを振る。

 その時だ。

「あっ、久しぶりだね盛岡くん!」

 清楚を体現したような、美しい女性が俺の名前を呼んだ。凛としたハリのある声で、俺の心をぎゅっと掴む。

「久しぶりですね、恭子さん」

 その女性は俺が体育祭実行委員の時の副委員長であった博多恭子はかた-きょうこさんその人である。

「いま休憩ってことは、担当は前半だったの?」

 少し残寝そうな声音で訊く恭子さんに、俺はため息混じりにかぶりを振る。

「休憩奪われました。昼飯食ったら帰ってこいって言われました」

「あはは、それは大変ね」

 どこか嬉しそうなのは気のせいですか?

「ほんとです」

「まぁ、頑張ってね」

 それだけ言うと、手にしていたたこ焼きの載ったトレーから爪楊枝で一つに突き刺し、それを口にパクッと入れる。

 熱いのだろう。口をハムハムさせている。

「ありがとうございます」

「いいのよ。それじゃあ、私からの応援も込めてっ」

「えっ?」

 俺はそう言ってしまった。何も知らずに、口を開けしまった。

 不意をつくかのように、恭子さんは素早くトレー上のたこ焼きに爪楊枝を突き刺し、俺の口へと運んだのだ。

「ッ!?」

 驚きのあまり、味もよくわからない。ただひたすらにえっ? という気持ちと熱いという感覚が俺を縛った。

「ちょ、ちょっと!! 先輩何してるんですか!?」

 恭子さんとあまり面識のない夏穂は、慌ててそう言うも、やはり遠慮が残って見える。

「頑張れってエールだよ」

 何も怒られるような事はやってないけど? 恭子さんの優しくもイタズラな笑顔はそう告げていた。それに夏穂も気づいたのだろう。

 きぃーっと奥歯を噛み締めている。

「え、えっと……。頑張ります」

 なんて言うべきだったのだろうか。俺には分からない。だから、とりあえずそう告げてから夏穂の腕を取り、その場を離れた。

「な、何なの!? あの人」

 声高らかに、お怒りモードである。

「体育祭実行委員の時の……」

「知ってるわよ! そうじゃなくて、将大にとって何なの?」

 たかがたこ焼き一つで何怒ってんだよ。

「タダの先輩だけど」

 そう思っても出来るだけ顔に出さないようにして。俺は本音を言う。

「あっそう」

 訊いてきたくせにこの素っ気ない態度だ。本当に女子が分からない。

「じ、時間ないし……。何か食べない?」

 俺はポケットからスマホを取り出し、時間を確認してから呟く。

「うん」

 文字でなら単なるうん、である。ただ実際に浴びせられたうん、は勝手にしろというニュアンスの含まれた凍てつくようなうんであった。


「こ、これでいいか?」

 夏穂はかぶりを振る。そりゃあそうだ。普通に考えればそうだろ!?

 ホルモンうどんを指さして言った俺自身……アホである。

「あっち」

 夏穂は先ほど恭子さんの持っていたたこ焼きを指さす。

 たこ焼きか……。お腹はらねぇーじゃん。俺まだこの後も仕事あんのによ……。

「やっぱりいい」

 俺の思いが顔に出てたのだろうか。夏穂はため息混じりにそう告げる。

「そ、そうか? 俺はホルモンうどん買ってくるけど、夏穂は好きなもの食べていいからな」

 最低だと後から思った。でも、この時に夏穂を思ってやれる時間と余裕が無かった。

 腹は減ってる。この後もエセホステスをしなければならない。俺に与えられた昼休憩は残り15分。

 どうやって人を気遣うことができる? そりゃあ器の大きな男は出来るのだろう。でも、俺には出来なかった。

 ソクサとホルモンうどんの屋台の前まで行き、一つを購入する。

 その間に夏穂はベビーカステラを買っていた。一口で食べれる小さなカステラだ。

 たこ焼きじゃないんかい!

「よしっ、食おうぜ!」

 近くにあった簡易ベンチに腰を下ろし、ホルモンうどんを買った時にもらった割り箸を割る。それをきちんと手に持って──

「いただきます」

 と告げてからホルモンうどんに手をつけた。


 芳ばしい香りが口に入れた刹那に広がる。ソースでまとめられた味は、何とも白ご飯を欲しくさせる。

 弾力性のあるホルモンは、歯ごたえ抜群で噛めば噛むほどに旨みが増してくる。

 ずるずるずる。

「うんっ。うどんにもしっかりソースが絡んでて上手い」

 あとお茶があれば最高何だが──まぁ、それは教室帰れば飲めるし。まぁいいか。

「本当に美味しそうに食べるよね」

「本当に上手いからな!」

「そう」

 柔和な笑顔が浮かべられる。

 こんな優しい笑顔、今日初めてなんじゃ……。

「それはそうと。将大、そろそろじゃないの?」

 夏穂は校門の所に立てられた大きな時計を指さして言う。時刻は13時25分を回ろうとしていた。

「や、やっべ!」

 トレー上に残ったホルモンうどんを一気に口の中へと放り込む。

 意外と多かったその量にせ返ってしまう。

「何してるの?」

 くすくすと笑いながら、でもどこかぎこちない様子で、夏穂は告げる。

「な、何もしてねぇーよ!」

 いつもと変わらない。でも、やはり遠慮が残っている──と俺はそう感じた。


 とても小さなわだかまり。傍から見れば、何の変哲もないと思われているだろう。けど、当の俺たちは確実に気づいていたそのモノを。

 埋めることなく、俺はエセホステスをするために教室にへと戻って行くのだった。

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