第55話 俺、同棲がバレる

 あれから数日が経ち、とうとう10月1日になった。

 未だにイリーナとの距離は縮められていない。

「おいイリーナ」

「何? てか、名前呼ばないでよ。キモいんだけど」

 俺の呼びかけにイリーナは相変わらずの素っ気ない態度で返事をする。

 ここ数日でそれに慣れた俺は別段気にすることも無く続ける。

「早く準備しろ。遅れるぞ」

 学校指定の夏服──白のカッターシャツに黒の学生ズボンを着た俺は、玄関で革靴を履き、ペッタンコの学校指定カバンを担ぐようにして持って言う。

「あぁー、分かってるわよ」

 ぶすっと頬を膨らませながら俺たちの学校、目賀高校指定の夏の制服──丸襟の白いカッターシャツに膝上丈の黒のスカートを穿いたイリーナは面倒くさげに吐く。

「もぅ、なんで日本の朝はこんなに早いのかしら」

 そう毒づきながらイリーナはトントンと小さな足音をたてながら、玄関へと向かってくる。

「うわぁ」

 制服姿のイリーナを見た俺はそんな声を洩らしてしまう。

 ハーフというだけあって、スタイルは抜群にいい。スカートからスラッと伸びる白く長い脚。そして服の上からでも分かる胸の膨らみ、それに対してくびれたウエストは通常の学生を逸脱しており、そんじゃそこらのモデルであっても太刀打ちできないであろう。

「何よ? 似合ってないとか言いたいわけ?」

 イリーナはしゃがみ込み学校指定の革靴をつっかけてから、栗色の髪を右耳に掛けて薄茶色の明らかに日本人とは違う色の瞳で上目遣いに訊く。

 更にこの整った顔だ。鼻筋も通っているし、大きな二重まぶたの濁りのない綺麗な瞳だ。こんな可愛さ反則だろ。

「い、いや……。そういうわけじゃないけど……」

 そんな思考を口に出すわけにはいかず俺は誤魔化すように言う。

「何なの、歯切れの悪い。はっきり言いなさいよ」

 するとイリーナは、革靴のつま先を床にコンコン、としながらジト目を向けて言い放つ。

「怒んなよ?」

「はぁ、何を怒るの?」

 怪訝そうな表情を浮かべるイリーナに俺は声を潜めて呟く。

「よく似合ってるな──って思って」

 刹那、家内に沈黙が訪れる。

 そしてぽつりと言葉が漏れた。

「……う」

「ん? 何だって」

 はっきりと聞き取れなかったことにお前も歯切れが悪いじゃないか、と思いながら聞き返す。

「だからッ!! ありがとうって言ってるのッ!」

 頬を真っ赤に染めたイリーナが割れんばかりの悲鳴に近い声を上げた。元が色白であるためにかなり赤くなっているように見える。

「う、うるせぇ……な」

 俺は耳を抑えながら小さく吐き捨てると、玄関ドアを開き外へと出た。

「ほら、はやく」

 そう促し俺は自分の頬が赤くなっているのを隠すために口早にそう告げた。


***


 学校に着いた俺に視線が集まる。だが実際、俺に視線が集中していたわけではなかった。

 俺の少し後ろに歩く女子──イリーナに集まっているのだ。

「あれ……誰だよ」

「声かけてみよーぜ」

「何あの綺麗な子」

 多種多様の声があちらこちらから上がっている。俺は自分のことでは無いのに何故か誇らしく感じてしまう。

「何でアンタが嬉しそうなの?」

 喜びを体現した俺の背を見て分かったのか、背後を歩くイリーナから冷たい声が投げられる。

 ちなみにイリーナは俺に対する呼び名が定まってないらしく、毎日呼び名がコロコロと変わっている。

「別に……」

 義妹とは言え、家族が褒められるのは嬉しいことだ。とは言えないよな。

「ふーん」

 イリーナは疑わしいを表す声音でそう返す。


「おはよーっ!」

 刹那、背後から元気いっぱいの可愛いらしい声が飛んできた。

 俺は「おはよ」と返しながら振り返ると、そこにはいつもと変わらぬ輝かしい程の笑顔を浮かべた夏穂がいた。

 大きな2つの膨らみが丸襟カッターシャツを押し上げており、くびれもしっかりできておりスタイルは抜群。我ながら、素晴らしい女子を彼女に出来たなって思う。

「久しぶりだねー。宿題ちゃんとやったー?」

 左隣まで歩いてきて、ケラケラと笑いながら夏穂は訊く。

 夏穂の隣は居心地はいい。しかし、として隣にいるのは新鮮でほどよい緊張感もある。

「ああ。やったに決まってんだろ」

 口角を釣り上げ、不敵に笑いそう告げる。

「答えとか写さなかったのー?」

 疑いな目を俺に向けながらそう言う夏穂に俺は親指を突き立てる。

「あったりまえよっ!」

「そっかー。えらいえらい」

 夏穂は優しく微笑む。

 刹那、イリーナの声がした。

「お兄ちゃんっ! この人誰?」

 外用の声と表情でイリーナは俺の右側に来て、そのまま腕を絡み取る。

 これは……タチ悪いな。

 瞬間、夏穂は怪訝そうな表情を俺に向ける。

「お兄ちゃん……? 何なのこの綺麗な子」

 俺は両隣を美少女に挟まれる。傍から見れば羨ましい光景かもしれないが、現状を知っている人なら羨ましいとは口を裂けても言えない状況である。

「朝からお盛んのことで」

 後ろから駆け足気味に来た昔馴染みの哲ちゃんが嫌味っぽく声をかけるも、そのまま過ぎさる。

 ──いや、助けてくれないのかよ。

 そう思いながら走り去る哲ちゃんの背中を見て、ため息をつく。

「いいか、よく聞けよ」

 そう前置きをしてから俺は真実を告げる。

こっちにいるのが俺の彼女の品川夏穂。で、こっちにいるのが義理の妹のイリーナだ」

 3人の間は謎の沈黙が支配した。

「はぁ!?」

 そして夏穂とイリーナが同時に声を上げた。

「お兄ちゃん、彼女いたの!?」

「将大、義妹いたの!?」

 連続して質問が投げられる。どうにかそれを聞き届けた俺は、どちらから答えようと悩んでいるとイリーナから「どうなの?」と詰め寄られる。

「彼女になったのはつい1か月前の話だ。義妹いもうとにいう必要性を感じられなかったから言わなかった」

 イリーナは俺の言葉を見開き、「はぁ!?」と叫びだしそうな顔をしている。だが、それは絶対に無いと踏んでいる。理由はここが外だから。イリーナはやけに周りの目を気にする。そういう性格らしい。

「義妹ができたのもつい最近、9月の終わりだ。クソ親父から電話かかってきて再婚するからって言われてさ、わけも分からない内にこの様子だ」

 俺は困ったを表情で示しながら告げる。しかし、夏穂は真剣な眼差しを俺に向けて更に言葉を紡いだ。

「あの家で一緒に暮らしてるの?」

「えっ……あっ、うん」

「もしかして……2人?」

「い、一応」

 夏穂の真剣さに気圧されたじろぎながらそう答えてから、やべっ、と思う。

「それって同棲じゃん!!」

 急に声を荒らげる夏穂。それを聞いた周りの連中がヒソヒソと会話を始める。

「同棲だってー」

「今どきの高校生は……」

「あぁー、うるせーよっ!!」

 俺はそいつらを一蹴して、夏穂に顔を向ける。

「一緒には暮らしてる。でもな、俺たちは仮にも兄妹だ。イケナイ関係になるはずないだろ?」

「……ほんと?」

 心配そうな表情の夏穂に俺は強く首肯する。

「それに俺には夏穂がいる」

 ふっ、と笑うと夏穂も嬉しそうに笑った。

「えぇー、じゃあ、昨日私にしたは何だったの? お風呂場で……したあれ」

 そこへ水をさすかのように言うイリーナ。春のぽかぽかな日差しのような優しい瞳が一転、絶対零度のそれになった夏穂に俺は大きくかぶりを振る。そして、イリーナの言うあれを思い返す。

 あれってなんだよ。昨日? 風呂場? 何もしてねぇー……って、あれかよ。

「おまっ、あれってシャンプー詰め替えたやつかよ」

「てへっ」

 偉そうに風呂場から叫ばれた。将大、シャンプーない! に答えるべくシャンプーの容器を風呂場にいるイリーナに要求し、シャンプーを容器に容れて返したあれだ。

 そんな勘違いされそうなことだけ告げたイリーナは悪びれた様子もなく、チロっと舌先を覗かせてから昇降口へと駆け出した。

「悪い、あれはイリーナの悪ふざけだ」

 夏穂に詫びをいれるも、夏穂の魂はどこかへ飛んでいっているようだ。なんの反応もない。


「おーい、大丈夫ですかー」

 顔の前で手を振りながら声をかける。すると夏穂は意識を取り戻し、ハッとした表情を顔に剞む。

「あれはイリーナの冗談だからな」

「……うん」

 俺の言葉に夏穂は小さく呟く。こりゃあ毎日しんどくなりそうだ。

 そう思い教室まで行った。

「よっ、美少女転校生と同棲しておられる将大さん」

 哲ちゃんが教室へ入るや否やそう声をかけた。


 これで俺とイリーナとの同棲──実際には家族なんだから違うのだが──は、クラスメイトには完全に周知の事実となった。

 そして、俺は奇異の目で見られるようになり、この状態のまま二学期1発目の大行事、体育祭を迎えることになるのだった。

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