第23話 俺の偽りの幸せ
12月31日。世間一般で言う大晦日と呼ばれる日だ。昨晩に降った雪が街を仄かに覆っており、行き交う車たちはスリップしないように徐行運転に努めている。
そんな中、俺は竹中家の餅つきを手伝っていた。
ココ最近、母親の体調も回復傾向にあり平和で、楽しい毎日を送っていた。
「将大くん、次持ってきて」
織葉をそのまま成長させたかのような織葉の母親にそう頼まれ、炊飯器の中に入っているもち米を運ぶ。
それを臼の中にいれ、杵で打つ。竹中家では年末の恒例行事らしく動きに無駄がなく、素早く完成していく。
ちなみに時間は午前11時過ぎ。綺麗に丸められた餅を見ただけでもお腹の虫が声を上げる。
俺はそれを懸命に堪えながら次々と丸められる餅をただボッーっと見ていた。
「そうだ、将大くんもやる?」
いつもは渋い顔をしている織葉の父親も杵を片手ににこやかな笑顔を浮かべ言う。
「はい」
そう答えると織葉が隣に来て説明してくれた。
「この餅の塊から適当な大きさでちぎって、手のひらでくるくるーって丸めるの。どうでもいいや、とかじゃなくて綺麗に丸くなって美味しくなるように念じながら丸めるのがコツだよっ!」
「は、はぁ……」
あまりにもまくし立てられた説明に面を喰らいながらも一応の理解を頷きで返した。それを見ると織葉は屈託のない笑顔を浮かべ元の少し離れた場所まで戻って行った。
俺は教えられたように餅の塊から既に丸められているほかの餅の大きさを考えながら適度な量をちぎる。
「あつっ」
予想だにしない熱さに声が漏れた。
「お、熱いから気をつけてな。って、織葉、ちゃんと説明してやれよ」
「あー、言うの忘れてた。ごめんごめん」
文句を言う気も無くなる、慈愛に満ちた笑顔に俺は「大丈夫」とだけ返した。
それから餅粉を手に存分につけてから、ちぎった餅を手のひらの上に移動させ、
徐々に熱さが和らいでくる。付けた餅粉で手は真っ白だが、そのおかげで手に餅が着かないらしい。
最初はふにふにだった餅が手のひらで転がり、餅粉を纏うにつれて少しずつ硬さが生まれ、よく口にする弾力のあるいつもの餅の姿になった。
自分の手で作り出された餅を見て無性に感慨深くなった。
これを……俺が……。
「じーっとしてないで、ほら。手動かして」
織葉は微笑を浮かべながらそう言った。
これが毎日続けばな……。これが俺の日常なんだろうな……。
そんな風に思い、感じていた。
餅つきも終わり、世間ではあと何時間で……とカウントダウンが始まっていた。
テレビ番組も特番やら、紅白歌合戦やら、と年末を意識させるものばかだ。
俺はすっかり馴染んだ竹中家のこたつの中に同じように足を突っ込みリラックスしていた。
もう今年も終わりだな。
「色々あったね」
そんな心を見透かすように織葉は告げた。
「そうだな」
「でも私、楽しかった」
「俺もだ」
しみじみと中学生らしくなく言う。母親が倒れ、彼女の家に居候している。ほんと、普通じゃあまりありえない生活を送ってきたな。
「ありがとな、織葉」
「えっ?」
「織葉が彼女でよかった。織葉を好きになってよかった」
普段なら照れで死んでしまいそうなセリフだ。でも、この時は自然と言えた。自然に滑らかに思っていたことをそのまま口に出来た。
「いいよ。私も将ちゃんが彼氏で嬉しい」
「アンタらね。仮にも親の前だよ?」
聞くに耐えれなくなった織葉の母親が口を挟む。俺たちは揃って苦笑した。
それから程なくして年は明け、一月一日のお正月となった。三が日は存分にダラダラして、面会再開の1月4日に母さんの元へと行った。
一言で表すなら、元気、だった。喜ばしいことだったが、担当医には進行が早いと告げられた。
初め、医師に呼ばれたときは新年一発目の吉報かと思ったのだが、凶報であった。一気に一年分の活力を失った気がした。
それから力が
「あけおめ」
クラスの至るところでその単語が飛び交っている。
略すなよ。
本気でそう思う。
そしていつの間にか俺と織葉がセットという事実は当然のことになり、弄られることもなくなった。寒い路地を歩いて登校して来ている者、冷たい風を頬に感じながら自転車で登校して来ている者、それらが発する言葉の熱気でおよそ二週間、誰にも使用されてこなかった教室の冷たい空気を温め、窓を曇らせる。
皆、各々のお正月を友に話している。楽しげに、自慢げに話している。中には海外旅行に行った奴もいるらしく、お土産を配ってるやつまでいる。
いいな、羨ましいな、とは微塵も感じなかった。やはり、織葉といるだけで楽しいんだ。
「よっ」
見た目のわりに声が高い高尾くんが声をかけてきた。
毛は春頃の茶色よりやや落ち着いた感じのある焦げ茶に染め直している。厳つい雰囲気の高尾くんだが、根はとてもいい。最初はヤンキーっぽい印象だったのだが、実は違った。かなり人見知りで、机に突っ伏している。
でも、学校行事を経て話すようになり俺と高尾くんはそれなりに話す仲になった。
「久しぶり」
「おう。将大、正月どうだったよ?」
「まぁ、普通かな。ダラダラした感じ。高尾くんの方は?」
「オレか?」
高尾くんは待ってましたと言わんばかりに憎たらしいほどの自慢げな笑顔を浮かべた。
聞かないでよかった……。
本気で後悔するも時既に遅しで、高尾くんは語り出した。
「大晦日の夜。除夜の鐘にあわせて伊勢神宮に行ったぜ。そこでよ、あの人にあったんだぜ!!」
「あの人?」
「そう、あの人。最近人気出てきたお笑い芸人の
「いや……、知らんのだが……」
「えぇー、マジで!?」
高尾くんは本気で驚いて見せる。いや、最近テレビ見てないし。それに仮にも居候してんだからテレビみたいなんて強い自己主張できるはずない。
「そんなに有名なのか?」
「あぁ、最近では知らないやついないだろって思ってたぜ。まぁ、それでその田路ボンバーがテレビのロケで来てたわけよ!!」
嬉しそうに語る伊田くんの言っている内容は九割が理解できなかったが、相当嬉しいんだろうな、ということはわかった。そこから延々と約二十分間その話を聞かされたのだが、それもまたいい思い出になるだろう。
そこからいやというほどの新年フレーズを交わし、ようやく終業のチャイムが鳴った。長くも、密度の濃い時間を過ごせた。俺は本気でそう思う。
帰路は必然的に織葉と同じになる。もう半年近くこうやった同じ家に並んで帰っているので普通で、逆にどちらかが委員会や何かで別々になるときは不安にはならないが、違和感というか変な感じになる。
何か話すわけでもない。でも、隣にはいてほしい。こんなこと思うなんて不思議だ。俺が俺じゃないみたい。
まばらに雪がちらつく。今年はやけに雪が多い。例年通りならシーズン中に多くて三回ほどしか降らないのに、今シーズンはもう五回目だ。
「雪、だね」
「そうだな」
織葉が天を仰ぎ呟く。俺はまっすぐ前だけ見つめて適当な相槌を打つ。
衣が擦れる音が耳をかすめる。おそらく、織葉が服の上から体を擦っているのだろう。
それを感じ取り、織葉のもとへ左手を伸ばす。そして、織葉の右手を半ば強引につかんだ。
「手、つないでたらちょっとはあったかいだろ」
言ってて恥ずかしくなる。穴があったら入りたい気分だ。そんな俺とは対照的に織葉は嬉しそうに微笑んでいた。
俺は、こんな織葉が好きなんだ。
軽く笑う織葉。むっと怒った織葉。悲しそうな織葉。嬉しそうな織葉。泣いた織葉。どんな織葉も好きなんだ。
自分でもおかしくて笑えて来るほど好きになっているんだ。
居候を始めて俺はそれに気が付いた。
それからさらに時は流れた。母の体調は正直言って芳しくない。むしろ、最悪の事態が忍び寄ってきていると思う。
世間は出会いと別れの季節などと言い、街には桃色のはかなく美しい花びらをもつ桜が満開に咲き誇っている。
季節は廻り、春になったのだ。
いまだに俺は居候を続けている。
もうすっかり竹中家にはなじんでいる。もはや家族同然だ。
春休みも終わり、明日からは中間学年の二年生となるのだ。
うれしくもあり、緊張する面もある。俺と織葉はいつものように織葉を外側にして、二人並んで歩いて新学期を迎えるべく学校へと向かった。
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