老害。

「どうしてあの部署の爺たちは、いつまでも居座っているんだ?」

 若手社員が、少し高級なバーでつぶやく。パリッとした見栄えで、いかにも“市場価値高いですよ系”だ。実際、若手社員の給与は高かった。


「でもあの部署の給与は低いらしいわよ。最低限の福利厚生はあるけれど、給与は基本的にほぼフルコミッションだそうだし。会社としてもそんなに負担にならないんじゃないかしら?」

 同じく若手の女性社員がカクテルを片手に、社内で聞いた情報に基づいて答えた。


「なんにせよ、我々が一生懸命結果を出し続けているのに、老害たちが居座っているというのは気分が良いものではないな」


「それは言えてるわね。あの時代の人たちは私たちの時代と違って、楽な人生を歩んでいるもの」


 若手社員2人は、“老害”たちについて笑いながら話す。実際、彼らが見ている“老害”たちは、新聞を読んだりパソコン画面を覗き込んだりとおのおの勝手なことをしているようだ。不満を漏らすのも当然のことと言えた。


 そんなある日。その会社に大事件が訪れる。大手優良企業と言われている同社が、タチの悪い会社から“乗っ取り”を企てられたのだ。おりしも、急激な経済ショックが起こっており、同社の業績は初のマイナス。そこに一気に押し寄せてきたのだ。


「無駄を徹底して省くために、人員整理を行なう。業績がマイナスなのだから、退職金などもできる限り抑える」と乗っ取りを企てた会社は高らかに宣言。転職市場価値の高い社員たちは、こぞって逃げていった。“老害”と話をしていた若手社員たちも辞めた。転職先は同社より待遇が悪く、給与も大きく下がったが「クビになるよりはマシだよね」と、2人は慰めあっていた。


 それからしばらくして、乗っ取りを企てた会社が別の会社に買収され、経営者たちの悪事が露見。新聞沙汰にもなったことから、乗っ取りどころの騒ぎでは無くなったのだ。


 ──「ねえ?聞いた?あの新聞沙汰になって立ち消えた乗っ取りの件、あの部署が暗躍したらしいわよ。こういう時のために、あの部署が存在し、ベテランたちが臨戦態勢をとっていたんだって。ほぼフルコミッションで、10年に一度程度ある“ああした事件”を解決すれば、他の社員以上のボーナスが支給されるらしいわ」

 若手の社員同士、とても安い居酒屋で、悔しそうに話していた。


 そりゃそうだ。豊富な経験とノウハウがなければ実行できない業務が世の中にはある。「若いだけ」では通用しない仕事も、あるのだ。

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