シーン4 百科事典と美少女忍者の決断
さて、ここで瑞希が調べていたのはどのようなことであるかというと。
五十音順に見ていこう。
まずは、「あいうえお」の「ウ」。
ウィリアム・シェイクスピア。
1564年に生まれ、16世紀末から17世紀初頭にかけて活躍した劇作家である。
通称「成り上がりのカラス」。
それまでの戯曲の世界では、「一つの事件が一つの場所で、一昼夜のうちに解決する」というフランス古典主義の「三一致の法則」が支配的だったが、彼はそれをひっくり返した。
時と場所を自由自在に操り、歌に恋、チャンバラからレスリングまでなんでもアリというエンターテイメントの世界を作り上げたのである。
因みにフランス古典主義者の名誉のために言っておくと、「三一致の法則」というキツい縛りの下でドラマを完成するには、相当のテクニックが必要である。
代表的な作品としては、モリエール『ミザントロオプ』(孤独な旅人、あるいは意地悪な恋人)がある。
平たく言えば、ヨーロッパ貴族社会のサロンを舞台に、女の子に過大な理想を求める元祖中二病少年が、あまりに冷酷残忍なその実態に幻滅する様を描いたコメディである。
続いて「かきくけこ」の「コ」。
『虚実皮膜(きょじつひにく)論』――。
近松門左衛門自身が書いたわけではなく、記録された彼の議論の中に残っているだけなのだが、そこでのやりとりを瑞希の脳内変換に忠実に現代語訳すると、こんな感じである。
「なあ、近松さんよお、やっぱ、リアルに見せないとファンつかないよな」
「何言ってんだ、作り物だけどそうじゃない、リアルなものはかえってイマイチ、これがエンタテイメントだろ」
「だって最近の役者は、家老でも大名でも、ホンモノそっくりにやるのがウケるんだぜ」
「あのなあ、本物の家老がメイクするか? 役者が本物そっくりにハゲでヒゲも剃らずにスッピンで芝居したら、客は引くぞ」
「でもさあ、ハリボテはハリボテ、オモチャはオモチャだろ」
「お前さ、フィギュアな、生きた美少女そっくりのと、萌えキャラのと、どっちが欲しい?」
「う~ん……」
――そこで、分厚い事典が、ぼん、と音を立てて閉じられた――。
放課後を読書や自習で過ごす中等部の生徒たちが一斉に振り向く。
忍者が注目を集めてはいけないことを忘れたかのように、瑞希はどこか遠く一点を見つめてつぶやいた。これで三度目である。
「……成長したところを見せるしかないでしょう!」
その日の夜から、冬彦への二日間にわたる個人授業が始まった。
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