“闇”の過去 sideリヒト (中編)
新しい両親に出会ってから、俺の世界に色が戻った。
二人は俺の生き方を変えてくれた。
魔法の使い方も知らなかった俺は、人目につかないよう陽の光を恐れるように、物陰に隠れ息を殺す――そんな毎日を過ごしていた。
“生”を望んでおきながら、自ら自分が生きていることを否定しているようで。
そんな自分がひどく滑稽で、情けなく感じられた。
でもそうするしかないと諦めていたのだ。
そんな俺を助けてくれた彼らは、まさにヒーローのようだった。
俺がこうなりたいと、憧れを抱くようになった姿だ。
そんな両親は生きていく上で必要な魔法を俺に教えてくれた。
姿を偽ることでしか表舞台に立てない俺たち“闇”。
だが、そうでもして欲しかったのは、“普通”と“自由”だった。
普通な暮らし。
普通な会話。
自由な行動。
自由な思考。
そして得た世界の景色は、自分を受け入れてもらえたような――そんな安心感と優しさを感じられた。
俺は両親に憧れ、両親のようになりたいと、真似をするように襲われる“闇”の子どもたちを助けた。
そうしていくうちに弟や妹と呼べる存在が増えていき、家族になっていった。
まさに“普通”の家族。
新しい家族が、俺を囲んでいった。
そんな中、出逢ったのが――――。
「リヒト」
鈴のような声音でそう呼び、花が咲くように優しくやわらかい笑顔がこちらを向く。
そう、――――アレシアだった。
彼女との出逢いは、俺にとってあまりに衝撃的すぎた。
「――――く、ろ……黒だ……」
彼女のその一言に、自分を包む全てが遠のいていくような気がした。
平和な景色、幸せそうな喧噪、そして――家族。
一瞬にして俺にとっての“平和”が崩れていくような感覚だった。
まるで、新しい両親に出逢った日の、赤髪の親子に見つかったときのようで。
赤い髪をした子どもの、何気ない一言で訪れた恐怖。
ただ違ったのは、俺はもう独りじゃなかったことだ。
(どうして“闇”だとわかった?)
(なぜ魔法が通用しない?)
“闇”の魔法は王族でない限り勝ることができなければ、王でなければ偽った姿を見破ることはできないと教えられていた。
それが覆され、まだ守られる立場にあった俺は恐怖を抱き、“死”から逃げることしかできなかった。
幸い、彼女のあの呟きが他の誰かに聞かれることはなかったようで、彼女以外に追われずに済んだ。
後から知ったことではあるが、王室暮らしの彼女が日々運動している俺に追いつくはずもない。
逃げ切ることは容易かった。
(もう、大丈夫、か……?)
足音が自分のものだけになり、俺は徐々に走るスピードを緩める。
後ろを振り返ってみればそこにはもう誰もいなかった。
安心し、ホッと一息つく。
突然迫った死に対する恐怖とそれから逃げるというストレスが、体力をさらに削っていた。
ただ必死に走ったからだろう、息をするのに自然と音が伴い、喉は血みたいな味がした。
側の壁にもたれた瞬間、足から力がぬけていき半ば倒れるようにしゃがみ込んだ。
肩で息をしながら空を仰ぐ。
青空だ。
ゆっくりと雲が流れ、優しい風が頬を撫でる。
平穏に戻った気分だった。
目を瞑ってみる。
思い浮かんできたのは、家族の姿や声。
「帰ろう」
そう呟いて立ち上がり、一歩踏み出したその時――。
「えっ――」
グッと、後ろに引っ張られるようにして手を掴まれる。
反射的に後ろを振り返ってみてみれば、そこには赤毛の子どもがいた。
「あ……あ、あ、あぁ、あぁぁぁああ……」
その時の俺には、アレシアが今の両親であるアドルフたちと出会ったときの赤毛の子供に見えた。
あの少年が、目の前に迫り、その手で俺を捕まえているように。
今度こそ、“終わった”と思った。
あの時守ってくれた両親は家で自分を待っていて、今の状況を知る由もない。
(――死ぬんだ)
そう思った途端、視界が歪んでいった。
(コイツのせいで、俺は死ぬんだ)
――そして、全てを、家族を、失うんだ。
壊れていく世界と共に、思考が停止していく。
「――――」
“コイツ”が口を動かしている。
『ママー、この子、なんで真っ黒なの?』
思考が停止された頭に再生されたのは、その言葉だった。
(呼ばれる、俺を殺しにアイツらが来る)
今の俺は、もう独りなんかじゃない。
失うわけにはいかなかった。
なら――――
(呼ばれる前に……、殺られる前に、――殺るしかない)
「っ――」
掴まれていた手を振り払い、子供から距離をとりながら向かい合うように立つ。
前に父アドルフからいざという時に使えるよう教えられた魔法。
相手を“殺す”ためのものだ。
それを唱えようと子供に掌を向けた。
殺すという行為を初めて行うことになる俺は一瞬躊躇うように口を閉じるが、意を決して、口を開き魔法を唱えようと息を吸った。
いざ、唱えようとしたその時。
「……私、――ないよ」
小さな呟きが聞こえた。
その声が、あの時の少年じゃないことに気付き、思わず息を止めるようにして唱えるのをやめる。
「私、何もしないよ? ……殺したりなんか、しない」
思わず己の耳を疑った。
徐々に視界が澄んでいくと、その目に、瞳に、射抜かれるように動けなくなる。
静かで、純粋で、でも確かな強さと優しさを湛える瞳――――。
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