“闇”の過去 sideリヒト (前編)


俺の一番古い記憶。

それは、俺の本当の両親が殺された瞬間だ。

その前後の記憶覚えていない。

だが、大切な存在を失うというその瞬間を、俺は脳に刻み込むことになった。

まだ幼い心は、早くも死というものを知ってしまったのである。




「ママー、ぼくあれほしー!」


人気のない暗い裏路地で、誰かに見つからないよう物陰に隠れ陽が落ちるのを待っていた時のことだ。

ふとそんな声が聞こえ、幼かった頃の俺は己の好奇心に負け、物陰から顔を出してしまった。

その声の主は、この裏路地の先――様々な店があり活気の溢れた表通りにいた。赤い髪を持った親子。

“ママ”、“パパ”。

そう呼んで親に甘えている子どもを見る度、俺の中に様々な感情が溢れ、その感情に自我を失いそうになった。

思わず目の前の彼らに、自分を重ねてしまっていた。

そうして生まれた懐かしさ。

それは寂しさへと変わり。寂しさは孤独を思い知らせ。

孤独はやがて嫉妬を生み。そして嫉妬は――憎悪へと変わる。


俺は、“親”という存在が欲しかった。

“家族”が欲しかった。

かつて俺も持っていたはずの存在。


なぜ俺は、失わなければならなかった?

なぜ、独りにならなければいけなかった?


いろんな疑問が脳内を駆け巡る。

しかしそのいくつもの疑問が行き着く先は、いつも同じ。


――“闇”だから。





本当の両親は、俺を守って殺された。

気付けば俺は一人で、俺の周りは死体で溢れていた。

俺は、――死体に埋もれていた。

みんなに、守られていたんだ。


家族や親戚と呼ばれる存在たちはただの骸と化し、そうなってもなお俺を守ってくれていた。


その時、彼らの存在の大きさを、偉大さを、漸く気づいたのである。





赤毛の親子を見ながらふと回想に浸っていた、――その時。


子どもと、目が合ってしまった。


「――ママー、あの子、なんで真っ黒なの?」


その瞬間、世界から音が消え、全てが止まって見えた。

その中で一際大きく打ちなる、自分の心臓。

“終わり”を感じた瞬間だった。


「やだっ、“闇”がいる……!!」


母親が自身の子を守るように抱きしめ、そして俺に殺意を向けた。


「っ……」


その時俺が感じたのは、死への恐怖ではなかった。


その親子の姿が羨ましく、やけに眩しく。

そして自分の孤独さを思い知り、ただただ悲しくなったのだ。


もう、逃げる気力などない。


“何の為に逃げているのだろう――?”


そこにはもう、答えなどなかった。

生きる意味を見つけられなかったのだ。


聞きつけたらしい騎士たちが襲いかかってくる。


迫り来る“死”。


子供を相手に、大人は大人数で殺そうと剣を抜き放つ。


(馬鹿じゃねぇの)


俺はその光景を嘲笑うかの如く、口にする。


「こんな世界、生きる価値もない」



いくつもの剣が俺に向かって振り上げられた。



瞬間、目の前に広がったのは黒い炎――。


「…………!!」


それは俺も見たことのある、何よりも優しい漆黒の盾。



――――『リヒト』――――



ふと、母の温もりを再び感じたような気がした。


「わっ…!」


視界が揺れ、体が宙に浮く。

そのあと俺の体は、温かく力強い何かに包まれた。


「何ボーッとしてるの!! 逃げるわよっ」


そんな声がすぐ横から聞こえ、そちらに目をやると見知らぬ女の顔があった。

そしてその髪と瞳を見て、俺は目を見開く。

――黒だった。自分と同じ、“闇”。


「ったく、……相変わらず数の暴力でかかってくる奴らだ」


目線を元の場所に戻すと、そこにはやはり黒い髪の男。


じっと見ていると、彼は俺に向かって優しく微笑んだ。


「安心しなさい、私たちは君の味方だ」


そして、はっきりと、こう告げた。



「必ず、守ってやる」



その声に応えるように、女が抱きしめる力を強める。


俺は女の肩に顔を埋め、音を遮断するように目を閉じた。


その後どうやって逃げ延びたのかはわからない。

ただ彼らの優しさに俺は身をゆだね、そしてその温もりに涙した。


自然と溢れた涙に、「あぁ、これが嬉し涙なのか」と、頬を緩めたのを覚えている。


――これが、新しい両親……父アドルフと母フィリスとの出会い。



そこから俺の世界は変わっていったんだ――――。


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