対策

次の日。

アレシアは窓から差す日の光に目を覚ます。


その目はどこか赤く腫れていて、昨夜どれほど泣いたのかが表れていた。


布団から起き上がり周りを見渡すと、子供たちはまだ眠っていたが一つだけ布団がなくなっている。

……リヒトが眠っていたところだ。


アレシアは時計に目をやる。

時計の針は5時すぎを指していた。


「…………」


アレシアはぽっかりと空いた隣を見つめる。

昨日のリヒトとのやりとりを思い出し、胸がまた締め付けられた。


アレシアは暗くなった気持ちを振り払うように首を横に振り、パンッと頬を叩く。

そして自分も布団から出てその布団を片付けた。


部屋を出て、リヒトの姿を探し家の中を歩き回る。


アドルフとフィリスの部屋の前まで来たとき、丁度ドアが開き、部屋の中からリヒトが出て来た。


「あ……」


小さく声をあげたアレシアを、リヒトは昨日と同じようにどこか冷めた目で見て、そしてそのまま目をそらす。


「あ、の……リヒト……」


「何も言うな。……対策、教えてやる。ついてこい」


そう言って、リヒトは歩き始めた。

アレシアもリヒトの言葉通り、何も言わずその後についていく。



着いたのは、庭だった。

庭というほど立派なものでもなく、やはりどこかひっそりと家の影に隠れるような、どちらかというと裏庭のような場所だ。


そこに来るなり、リヒトは言う。


「父さんと母さんから、お前に魔法を教えるように言われた。お前、それなりには強い方なんだろ? ……今から教えてやるから、覚えろ」


の練習をしよう」


「他の魔法?」


「そ。攻撃魔法や防御魔法も使えるようになっておいたほうがいいでしょ」


すると、リヒトは剣を取り出す。


「俺たちは闇だから火の魔法とは違うけど、基本はたぶん一緒だと思うから。俺が言った通り、やってみて」


「わかった」


「庭を壊す訳にはいかないから、俺に向けてやってみろ。いいな」


「え?」


「返事」


「あ、う、うん」


アレシアは戸惑いながらも返事をした。

リヒトはそれを聞くなり、アレシアを向き合い、剣を向ける。


「っ――」


「いいか。俺を敵だと思え。お前は剣に集中して魔力を込めるんだ。その込めた状態のまま、剣を振るえ。魔法の名前を言いながら魔法を出すのが一番安定するんだけど、火の魔法の名前はわからないからな……。家の中にある本に載ってるかもだから、まぁ暇なときにでも読んどけ。とりあえず、今教えられることを教える」


アレシアとリヒトの間に僅かな緊張感が流れた。


「い、いくよ……」


「あぁ、こい」


アレシアはリヒトの言葉通りに、剣に魔力を込めるよう集中し、そして横に振るう。

力を込めると同時に、思わず目をつむった――。


「――っ危ない!!」


リヒトのそんな焦った声が聞こえると、次の瞬間アレシアの体が浮く。

突然の出来事に閉じていた目を開けると見えていた景色が傾いた。

その時、次には倒れることを悟ったアレシアは再び目を強くつむる。

だが彼女の体は確かに地面に打ち付けられたものの、何かにかばわれたのか痛みを感じることはなかった。


恐る恐る目を開いてみる――と、目の前にはリヒトの顔があった。


「リ、ヒト……?」


小さな声で彼の名を呼ぶが、それに対する返事はない。


「いってぇ……くそっ……」


そう呟きながら、リヒトは近くに落ちていた、さっきまで右手に握られていた剣を拾い、立ち上がる。


その手は僅かに赤くなっていた。


それを見るなり、アレシアはリヒトの服を掴み言う。


「リヒトっ……、その手……やけど、したの……? 私のせい……?」


「……ちげぇよ。気にすんな。これくらいの傷、すぐ治る」


リヒトは目を逸らしながらそう言った。

そしてアレシアが何か言う前に、先に口にする。


「つか、お前、何してんだよ! 自分に攻撃してどうすんだ!」


「え? 私、自分に攻撃してたの?」


「そうだよ」


リヒトはアレシアにどうなっていたのかを説明した。

どうやらアレシアは剣の振るった方向、つまりアレシアは右利きで横になぎ払った為右方向に、魔法が放たれるようにしてしまったらしい。

魔法が放たれる前に、剣の右側が紅色に光っていた為、リヒトはそれに気付いた。

それに加え、剣がアレシアに合ってなかったのか、方向が定まらず、剣の最終的な方向が一週回ってアレシア自身に向いていたようだ。

リヒトがとっさにアレシアを庇ったことで、その衝撃によってアレシアの集中力が途切れたのもあり魔法が放たれる前に何とかなった。


「お前、魔法の威力は高いんだろ? 気をつけろよ」


「ごめん……」


リヒトはため息をつきながらも言う。


「攻撃魔法の前に剣の扱い方からだな。お前は攻撃魔法は使わなくていい。先に防御魔法のほうをやるぞ。もちろんそれも、剣の扱いに慣れてからだけどな」


アレシアはそれに頷くことで答えた。

リヒトに傷を負わせてしまった罪悪感からか、アレシアは気まずそうに俯き、何も口にしようとはしない。


「なぁ、その剣、お前にはまだ早かったんじゃねぇの。重いだろ」


「え? あ、うん、重い、かな……」


アレシアはリヒトの言葉に地面に落ちてしまっている自分の剣を引き寄せて持ち上げてみる。


相棒パートナーにもっと短くして軽くしてもらうよう頼め。その大きさはまだお前には扱いきれないだろ」


「わかった」


アレシアはイグニートに短剣にしてもらうよう頼み込む。

すると、イグニートは返事の代わりに剣の大きさを小さくした。

アレシアは心の中で『ありがとう』と伝え、もう一度自分の剣を持ち振るってみる。


「わっ……すごい使いやすくなった!」


「よかった、優しい相棒パートナーで」


「うんっ」


そうして、扱いやすくなった剣を手に、アレシアはリヒトの指導の下、自らの姿を変える魔法を常に意識しながら剣術を学んだ。


気付けば二時間経っており、フィリスに呼ばれるまでそれに熱中していた。

剣術を短時間でマスターすることなど出来るはずもなく、その日は防御魔法までやることが出来ずに終わる。

だが短時間にしては、アレシアの剣術の腕前は格段に上がっていた。



「あの、ありがとう、リヒト」


アレシアがおずおずとそうリヒトに言う。

リヒトは一度アレシアのほうを見るがすぐに目を逸らし、朝食を食べるべくダイニングに向かいながら言う。


「ま、頑張ったんじゃねぇの。……お疲れ」


そしてアレシアの頭をポンと撫でた。


アレシアは気まずくなっていたリヒトの関係が少しだけ元に戻ったような気がして、その嬉しさに自然と笑みが浮かんだ。





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