アレシアという存在

その後、アシュレイは少年の住む家へと向かった。

そこはこの寂れた街の奥のさらに奥。

どこか迷路のような印象を受けるこの街の奥にあった。

その家は先程までアシュレイが見てきた家々と比べ、少しばかり大きく、そして良い感じに蔦が壁を飾っていて綺麗な印象だ。


「ただいまー」


少年はそう言ってその家のドアを開け家の中へと入っていった。

アシュレイもその後に続いて入る――と、アシュレイは驚きに目を見開く。


少年の家には十人はいるであろう子供たちがおり、その子供たちが彼に一斉に駆け寄り少年を囲んだ。


「おかえり」


「無事で何よりだわ」


子供たちの後から家の奥から出てきたのは二人の四十代ぐらいの男女。

それぞれの左手にはお揃いの指輪がはめられており、夫婦であることが見て伺える。


だが子供たちもその夫婦も、アシュレイの姿を見た瞬間、その顔に恐怖と絶望を浮かべ動きを止めた。


「ねぇ、リヒト……、彼女は、誰、なの?」


「何故ここに連れてきた……!!」


夫婦は取り乱しながら少年に問う。

子供たちもアシュレイから隠れるように少年の影に隠れている。


「落ち着いて、おじさん、おばさん」


「何が落ち着けだ!! お前は何をしてるのかわかってるのか!?」


男はそう怒鳴るように言うが、少年は変わらず冷静に話しかけた。


「俺の話を聞けって! コイツは他の奴らみたいに俺達を殺そうとはしない。現に俺は殺されてないだろ?」


「そりゃ子供だからな! 殺しはしないだろうさ。でもこの子供が自分の街に戻って言っちまえば――」


「そんなことしません!」


アシュレイは男の言葉を遮り、はっきりと言った。

しっかりと彼らの目を真っ直ぐに見て言う。


「私はあなた達“闇”が、本当の闇でないことを知っています。彼に会って知りました。確かにあなた達は“闇”です。でもただそれだけ。罪を犯したわけでもありません。だから、殺す必要もありません。……私は、あなた達の味方です」


アシュレイの言葉に。

そしてその真っ直ぐな瞳に。


それが真実ほんとうであること――アシュレイという子供が自分たちに害を及ぼすことがないことを知ると、夫婦も子供たちもホッと息をつき安心した。


「……失礼だったな。悪かった」


男がそう言うと、女も笑みを浮かべて言う。


「あなた、“ヒトリ”なの?」


アシュレイはふと、“ヒトリ”という言葉がただのそれでないことに気づいた。


女の言う“ヒトリ”は、本当の“独り”。

親や兄弟がいない、身寄りのない者。

“孤独”という意の“独り”だ。


アシュレイは思わず言いよどんだ。


親がいないわけじゃない。

そして王族なのだから身寄りのないことなど有り得ない。


だが、アシュレイは母親であるアーデントを母親だと思ったことはなかった。

アーデントは火王。一国の王。

母親とは名ばかりの、国のことしか頭にない、王としては立派な

そして城はアシュレイにとって大きな監獄も同然。

城を自分の家と思ったことも、彼女はなかった。

自ら城を飛び出してきたアシュレイに、身を寄せる場所などあるはずとない。


だから“今”のアシュレイには親はいない。

“アレシア”には、母親などおらず、身寄りもない。


そう自分に心の中で言い聞かせた。

今は一国の王女であるアシュレイではない。


“アレシア”なのだと。


「はい……“独り”です」


そうして“アレシア”という存在ができていった。



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