異例者
『なぁ、お前さっき“闇としてのお前とアルフォンスとしてのお前が別人だってことを確実なものにする”って言ってたよな? でもよ、“感情が読めない”っていうのは共通してんだろ? それが無くならない限り、確実なものにするのは無理じゃねぇか?』
邪心竜が少年にそう言うが、彼の表情は笑みを浮かべたまま変わることはない。
『そこは大丈夫だと思うよ。ほら、何より僕は“異例”だからさ。闇としての僕も、アルフォンスとしての僕も、ね』
少年はどこか意味深にそう言う。
『どういうことだ』
『んー? だって、僕が言われている“異例”は正に例がない……何も知られてないんだよ? これほど便利なことはないでしょ』
そう言う彼は小さく喉を鳴らすようにして笑った。
そんな彼に邪神竜はどこか呆れたような溜息をつく。
少年の目にふと時計が映り現時刻を知ると、机に付属されている引き出しの中から紙の束を取り出し何枚かめくり始めた。
それは少年が騎士団に入団することになった直後、火王に渡されたものだった。
その紙の束は騎士団の規約や規則などが書かれたもの。
「……あー、もう騎士団の時間か」
そう呟くとめんどくさそうに小さく溜息をつき席を立つ。
『もうそんな時間か……。俺やること少なねぇからつまんねぇんだよな』
邪神竜がそう言って、少年とはちょっと違う溜息をついた。
その時、ドアをたたく音がし声がアルフォンスにかけられる。
「アルフォンス様。お食事は終わりましたでしょうか?」
その声はアレシアのものだ。
「終わったよ。どうぞ入って」
アレシアがドアを開け部屋に入ってくる。
「俺、騎士団行くから。片づけよろしく」
アレシアが笑みを浮かべ「はい」とそれに応えた。
そしてアルフォンスは最後に「ごちそうさま」と言って部屋を出る。
出た瞬間、近くにいたメイドたちは皆目を見張り、思わず動きを止めた。
しかしアルフォンスはそれに構うことなく、歩を進める。
――アルフォンスがいなくなった部屋に残されたアレシア。
彼女の顔から笑みが消え、その瞳が鋭くなった。
それに気づかない彼ではない。
少年の口は、三日月に歪められていた――――。
騎士団の練習場である競技場にアルフォンスの姿が見えると、メイドたちと同様騎士たちの動きが止まり、その視線はすべてアルフォンス一人に向けられる。
騎士たちはすでに列をつくり、団長である火王の話を聞いていたようだ。
だが火王の話そっちのけで騎士たちはざわめき始めた。
「あいつ、あんなじゃなかったよな」
「なんだよ、あの髪……あんなの初めて見たぜ、俺」
「俺だって見たことねぇよ」
「どこの国のものでもねぇよな、あの色……」
そんな中アルフォンスは団長の火王アーデントの元へ行く。
「遅くなりましたー」
「お前、また遅刻か」
アーデントが呆れ気味にそう言うが、アルフォンスは悪びれる様子も全く見せない。
「もういい。早く列に入れ」
アーデントのその言葉に従い、アルフォンスは列へと加わる。
やはり少なからずざわめきは続いていたが、アーデントが話し始めるとそれも徐々になくなっていった。
――今回の練習内容は部隊同士で行う戦闘。
それによって、部隊の中においての担当を決めるのだ。
「ボクはどーすんのー? 部隊って言ってもボク一人だけど」
そう、アルフォンスに至っては、特別部隊とはいうもののその隊員は彼一人である。
「そのことなんだが、そうだな……。アルフォンスと闘う部隊は闇と闘っていると思え。私が闘った闇の数は膨大だった。一人一人はそこまで強くはなかったが、その数の多さはそれをカバーできるほどのものだ。これからくる闇が同じ強さとも限らない。強い者が複数くることも考えられる。それに備えろ。アルフォンスほどの強さを持つ者を倒すことができるのが最初の目標だ」
闇についての話がでると、騎士たちの顔色が変わった。
一瞬にして彼ら一人一人の真剣さが増す。
「まずは、第一部隊と第二部隊、第三部隊と特別部隊に分かれて戦闘を行う。私は闘い方を見て各々にアドバイスしよう。いいな」
「「「はっ」」」
「よし、じゃあ始めろ」
アーデントのその指示で騎士たちは一斉に動き出し、各々行動をし始める。
アルフォンスは退屈そうに、第三部隊の準備ができるのを待った。
「お前、それが本当の姿か」
そう声をかけてきたのは第三部隊隊長のシリルである。
「そーだよ。それがなに」
「……お前は信用ならない。その姿も俺は初めて見たしな。お前が闇なんじゃないかって思ってるやつはたくさんいる」
そんな言葉にもアルフォンスは笑みを崩すことなく言い返した。
「ま、そうだろうねー。ボクのこの姿を見て疑わないほうがおかしいんだろうけどーー」
そこで一度言葉を止めると、アルフォンスはシリルの目をしっかりと見、そして微笑みながら言う。
「……キミみたいなのが、真っ先に仲間を殺すんだろうね」
「なんだと?」
笑みを深めてそう言ったアルフォンスに、シリルは眉間に皺を寄せ怒りをあらわにした。
「ほら、準備できた? ボク、もう待ちくたびれたんだけど」
「すぐに始めてやるよ」
僅かに声を低くしそう言ってアルフォンスに背を向けると、シリルは部隊のほうへと戻っていく。
「いつでもどーぞ。闘うのはいいけど、退屈はさせないでよ」
アルフォンスは剣に手をかけることもなく、悠長にあくびをしていた。
その行動はこれから闘うシリルの部隊の騎士たちを怒らせるには十分だった。
「――いくぞ」
シリルがそう口にした瞬間、騎士たちが一斉にアルフォンスに襲い掛かる――。
――その頃。アルフォンスの部屋には、未だにアレシアが残っていた。
「…………」
彼女は“何か”に期待し、その“何か”を探し求めていた――――。
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