第92話 あぁ、キノコランド【ギャグ】
「キノコランド特別ご招待券!! マクシム、あんた、これどうしたの!?」
どうしたの、と、言われても困る。
俺もどうしてそんなものを、友人から貰ったのか、未だに理解に苦しむのだ。
ことは数日前にさかのぼる。
休日を使って、隣国にある故郷へと帰省していた俺は、そこでかつて盗賊団で仲間だった友人と、久しぶりに夜通し騒いだ。
そのとき、確か彼らの内の誰かが、このキノコランドで働いており、是非、暇だったら来てくれとチケットを配ったのだ。
そりゃもうこんな得体の知れないテーマパークのチケットである。
一緒に飲んでた連中も、貰いはしたが、そいつが帰ってから早速捨てていた。配慮のないやつなんかだと、その場で火にくべていたくらいだ。
しかし、だ。
「お前が喜ぶかなと思ってな、貰ってきてやったんだよ」
「マクシム。貴方ってば」
ふるりふるりと肩を震わせたかと思うとリーリヤ、いきなりこの女、俺に向かって飛びついてきた。
ありがとう、ありがとう、と、涙声で言うあたりよほど行きたかったのだろう。
まったく現金な奴である。
とまぁ、そんな訳で、俺には皮肉にもキノコ大好き、エルフ族に知り合いが居たのだ。こいつにやれば喜ぶのではないか、と、持ち帰ってみたはいいが。
「で、結局なんなんだ、キノコランドって?」
「知らないのマクシム!? 滅茶苦茶有名じゃない、大人のための夢とメルヒェンのテーマパーク、キノコランドよ!!」
いや、聞いたことがない。
お前らエルフの中だけで有名な場所なんじゃないのか。
と、呆れた顔でリーリヤを見つめる俺の背中で、どさりと、物が落ちる音がした。
「え、知らないんですか、キノコランド!? 本の私でも知ってるのに!!」
「メビウス。おい、流石に冗談だろ?」
冗談じゃないですよ、と、メビウス。
彼女は床に落とした本をそのままに執務室から駆け出すと、わたわたと、慌てた様子でなにやら別の本を持ち出してきた。
はい、これ、と、メビウスが差し出した本の表紙には、うぅん、キノコ。
それはもう立派なエリンギが描かれていた。
「キノコランドのパンフレットですよ。毎年、図書館に配布されるんです」
「なんでそんなこと」
「全国区で有名なテーマパークだからに決まってるでしょ」
「それでなくても、青少年の健全な育成への取り組みということで、色々と公共機関に寄付をしているんですよ。いや、立派なテーマパークですよね」
キノコなのにか?
よく分からん。どういう理屈なのだ。
そもそもキノコのテーマパークなんて儲かるのか。そんな青少年の健全なうんたらなんて気にすることができるくらいに、儲かるものなのか、キノコの見世物が。
絶対に無理だよな。
「まさか、鼻からキノコを吸うとかいう、違法な薬物で利潤を」
「失礼ね!! マクシム、貴方、それはキノコランドへの侮辱よ!!」
「そうですよマクシムさん。キノコランドは、キノコの適切な使用法と、脱法キノコの撲滅を推進する模範的組織なんですから」
キノコの使用方法に適切もクソもあるか。
あんなもん、適当に食べやすいサイズに切って、炒めて、煮て、それで終わりだろうがよ。
そもそも鼻から摂取するエルフ族がおかしいのだ。
いや、本当に摂取しているのかは知らないが。
呆れて声も出ない俺に対して、やれやれ、と、リーリヤは首を振る。
「どうやらキノコランドについて、教育が必要のようね、メビウス」
「そうですねリーリヤさん」
「教育ってお前ら。何をいったいとち狂ったことを」
「はい、まずはこのパンフレットを見てちょうだいね」
メビウスの手から、そのキノコランドのパンフレットとやらを抜き取ったリーリヤは、俺を無理やりに自分のデスクに座らせると、それを机の上に置いた。
いい、まずは、これよ、と、指差したのは、表紙のエリンギ。
これがいったいなんだというのか。
「これがキノコランドのマスコットキャラクター、エリンギのエリリンよ」
「エリリン!?」
「はい、それで次のページに乗っているこれが、エリリンのボーイフレンド、マッシュルームヘアーの、マシューね」
そういってリーリヤが開いたページに乗っていたのは、重なり合うエリンギとマッシュルーム。とても、マスコットとは思えない、そしてパンフレットとも思えない、見事な塩梅の絵である。
これはなんだ、レシピ本か、何かなのか。
「それで、次のページ。この黒くて長くて偏屈そうな顔しているのが、マシューの師匠で、エリリンの叔父さんのマツタケサンシロウよ」
「格闘技の達人で、エリリンがピンチの時には必ず現れるんですよ」
「そういう設定いるのか、メルヒェンなテーマパークに!?」
「で、こっちが敵役。タケノコ兄弟と、サトイモレディね」
「姑息な小悪党たちです」
「だからいるのか、そんな設定!!」
「恐怖、
「ゼンマイ線に曝露されてしまって、突然変異をきたした植物ですね。最後に、タケノコ兄弟達と協力して、
「なんの話!? なんだよシーンって、劇じゃあるまいし!!」
あら知らないの、と、またリーリヤが訳知り顔をする。
知るわけないだろう。このキノコランドというのが有名だという話も、俺はついさっき知った訳なんだし。
と、憤る俺の前で、何を思ったか、リーリヤがそのパンフレットを持ち上げる。
パタパタと、まるで団扇かなにかのように、それを振ればどうだ。
中から落ちてきたではないか、キノコが。
エリンギが。
マッシュルームが。
ゼンマイが。
ぽろりぽろりと落ちてくる。
なるほど、これも魔導書と言うわけか。ええい、ややっこしいパンフレットを作ってくれやがって。
『キャァーッ。マシュー、あれは、あれはなんなの?』
『きみのペットのツクッシーだ。ゼンマイ線を浴びたことによって突然変異してしまったんだ!! くそっ、なんてこった!!』
『やだ、ツックシー!! ツクッシー!!』
机の上で繰り広げられる、ミニチュアゼンマイと、キノコによる茶番劇。
いったいこれはなんなのか、と、俺が頭を抱える横で、わくわくとした表情で、リーリヤとメビウスが机にそっと顎先をつけた。
「いやぁ何度見てもいいですね、キノコランド最後の日の第一話は」
「平和な日常が、ゼンマイ線により壊されていくこのカタルシス。脚本家はよく考えたわよね、こんな話を」
「美術監督がいいのでしょう。とくにこの、ゼンマイ線を浴びたツクッシーの、不気味なデザインは秀逸だと思います」
このエルフと本が何を言っているのか分からない。
芸術を解する力もなく、キノコに関する興味もない俺は、ただただ、机の上で繰り広げられる茶番を、うつろな目で眺めたのだった。
『大丈夫か、二人とも!!』
『サンシロウ叔父さん!!』
『さぁ、ここは私に任せていくんだ、さぁ、早く!!』
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