第61話 ホップと黄金【ギャグ/ゲスト:ピョートル】

「いやっほぅ!! 最高だなおい、酒の魔導書架とかよう!! いいじゃん、最高じゃん、やればできるじゃん魔法使いども!!」

「しみったれた奴らにしてはなかなか粋な魔導書を考えるもんじゃんのう!!」


 水牛の角でできた杯をぐいと飲み干して二人。

 俺はドワーフ大臣に向ってなんの遠慮もなく酒臭い息を吐き出した。そうすると、負けるかとばかりにドワーフ大臣も、その肩書きに似合わぬ下品なゲップを返す。

 わっはっは、と、お互いの痴態を肴にしてもう一杯。


 無限に湧き出るエールの杯。

 頭上に高く掲げれば、そこに再び黄金色の温かいそれが満ち溢れる。魔導書の見せる幻覚とはいえ、こんな素晴らしい幻覚があるだろうか。


 アルコール最高。エール最高。ホップ万歳。大麦よ今年もありがとう。


 幻覚なのだから、幾ら飲んでもなくなる訳がない。金も請求されないから気にしなくっていい。貴重なエールを飲み放題、酔い放題という奴だ。

 魔導書架の司書なんてしみったれた仕事をしていて、今日ほどよかったと思う日はなかったよ。

 万歳。


「こら、よっぱらい二人。仕事だってこと忘れて、なにはしゃいでんの。お酒飲みに来たんじゃないのよ」

「へいへい分かってますよ。わらってますよう。それを言うたら、リーリヤお前さんが、酒飲めないから、俺らが代わりに飲んでるんだろうがよ」

「まったくいい歳して、酒の一つもたしなめんとは。見た目どおりに軟弱じゃのう」

「ほんといやよね酔っ払いって。どうしてこの世にアルコールなんてあるのかしら」


 それはね、お前のような貧乳お小言エルフ女から投げかけられる悪態を、笑って忘れるためにあるんだよ。


 仕事、図書館、どうだっていいね、そんなのは。

 俺とボールスはまた杯を飲み干すと、よいしょと掛け声と共に杯を掲げた。


 ここは、第八十六書架室、「酒の魔導書」が収められている部屋である。

 もちろんそんな場所だから、魔導書がつくり出した幻影は酒場だ。この魔法のエールの杯をはじめに、無限にぶどう酒が湧き出てくる樽に、澄み酒がしとどと流れ出る枡など、酒飲みには魅力的なもので溢れている。


 いつもいつも、何を考えているんだと悪態をついている俺だが、この魔導書だけは、よくぞ造ったと作者を誉めてやりたいくらいだ。

 ほんと、夢のような魔導書じゃないか。


「あんた達、ほんと目的忘れてないでしょうね。たのむわよ」

「なんだっけ。この酒樽の中で一番美味しい酒を見つけるんだっけか」

「ちがうぞマクシム。あれだ、酒に一番あうつまみを見つけるという」

「それだ!!」

「違うわよ!!」


 冗談だっての。これだからしらふは困る。

 こいつも一緒に飲めばいいのに。幻だから、幻覚は見ても酔わないんだぞ。酔うとえらいことになるお前でも大丈夫だっての。


 何も、いい歳したよっぱらいが、分別もなく酒を飲んでいるわけではない。

 こうして浴びるように酒を飲んでいるのには、それなりに理由があるのだ。

 というのも、ここの書架は、いわゆる番人制。

 

「酒場のマスター、この魔導書の番人をのみっぷりで満足させなくちゃいけないんだろう。真ののん兵衛と認めさせなきゃ、目的の魔導書は渡してくれないって、いう」

「まぁ任せておけリーリヤ。ワシも伊達や酔狂で酒樽みたいな格好をしている訳ではないからのう。今日ばかりはリミッター解放じゃ」

「いや、なに言ってんだよ、ピョートル。伊達や酔狂で樽みたいな格好もなにも、お前のそれはただのドワーフ太りだろう」

「そうそう、中年ドワーフは総じてこういう格好になるよう、遺伝的に、って、うぉい、冗談じゃわい!! 酒樽で悪かったのう」

「はっはっは」

「うわっはっは」


「大丈夫なのかしら、こんな調子で」


 もちろん、大丈夫なわけがない。

 俺もピョートルも、そこそこに飲むのは間違いないが、別にザルという訳ではないのだ。


 二十杯も飲めば、俺は十分。それ以上アルコールを格納できるように胃ができていなければ、血中にも暴行にもその行き先がなくなってしまう。


 ピョートルはといえば、流石に酒好きで聞こえたドワーフ族も、そこはやはり個人差、個体差があるということらしい。

 普段は糞がつくほどの大真面目で通っている大臣ドワーフだ、六十杯を越えたあたりから、目が据わり、顔つきが怪しくなってきた。


「うぅ、らぁ、エール、旨いぞ、エールゥう」

「ピョートル。ちょっと、やめてくれ、お前のだみ声は、頭に、響く」

「なんじゃぁっ!! マクシムぅ!! お前は、ワシの酒が飲めんと、いうにょろがぁっ!?」

「ろれつ回ってないじゃない。ちょっと、ピョートル、大丈夫、アンタ」


「うるひゃい!! エルフにしんぴゃいされるいわれはないわい!! だいひゃい、お前は、ニーヒャ、いつだってわしゅを老人あちゅかいしほって!!」


 鼻の頭を真っ赤にして、半目のぼんやりした瞳をこちらに向けるピョートル。

 こいつのこんな緩みきった顔は長い付き合いだが初めて見る。

 

「うぷっ、こりゃ駄目だ。ピョートルの旦那、相当キマってるぜ」

「まったく任せてくれって大見得きっといてなんてザマよ」

「樽みたいな体しといて、伊達や酔狂だったか。情けねえなぁ」

「アンタも、百杯くらい余裕だとか、そんなこと言ってたじゃないのよ。ピョートルの半分も飲んでないのによくそんなこといえるわね」


 確かに百杯は誇張だったかもしれない。

 しかし、ドワーフと人間は体のつくりが違うのだからしかたなくないか。


 というか一杯も飲んでいないお前にそんなこと言われたくない。


「少なくとも二桁の壁は突破しないと、番人、認めてくれないわよ」

「つってもなぁ、これ以上は、俺もピョートルも無理だぜ」

「じゃあなに私に飲めって言うの。いいのかしら、また、七面鳥になってしまっても」

「いや、俺に実害はないから別に構わんけど。というか、二人で百杯というのが厳しいんだよ。もうちょっと人数増やして挑めないのか」


 俺一人では難しくとも、昔のパーティの仲間などを加えれば、百杯などすぐだ。

 ボールスなどは正真正銘のザル。かつて、村祭りやらなにやらで、一人で百杯以上のエールを飲み干してぶっちぎりで何か賞を貰っていた記憶がある。


「人数が増えればその分ハードルが上がるのよ。一人頭が飲まなくちゃいけないお酒の量は変わらない」

「んだよそれ。だったらピョートルの旦那一人で入ってれば、なんとかなったんじゃないのか。先に言えよ、先に、そういうことは」

「まぁ、私が入っている時点で、いまだと三人分のハードルなんだけれどね」


 飲まないお前のせいじゃないかよ。

 一人だけ俺ら眺めて見物とかいいご身分だな。


 と、視線がそれを語っていたのか、むっと、眉をひそめるリーリヤ。


「なによ、私だって、飲めるんだったら飲んでるわよ。仕方ないでしょう、酔いやすい体質なんだから」

「まぁ、そうかもしらんけれども、だな」

「いいのよ、あんたが私のこと、お姫様抱っこして図書室の外まで運んでくれるなら、私だって飲んだって。けど、そんなこと恥ずかしくってとてもできないでしょ」


 それは、まぁ、しらふじゃムズカシイかもしれないな。

 しらふでなくても、ムズカシイ部類には違いないが。


 というか、言うだけでも、相当はずかしいと思うんだけれど。


「なによ!! まだなんか文句でもあるわけ!! 私がやったところで、どうなるものでもないんだから、もうこのまままでいいでしょ!!」


 文句はないんだが、な。

 酒も飲まないのに酔っているのか、それとも元からこうなのか。


 とりあえず、俺は彼女の言葉の裏に隠れた深層心理を推測できるほどには、学もなければ勘所もなく、きもちわるい振りをして、その妙なリクエストをスルーした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る