第20話 マトリョーシカ弁当【ギャグ/ゲスト:オリガ】
「食道楽ここに極まるって感じだな。なんだよ、一日たっても料理の冷めないランチボックスを用意しろって。バカかウチの王女は」
「ダメよマクシム。思ってても、そういうこと口にしちゃ」
「いやマクシム殿の言うとおりで贅沢であります。そんなに温かい料理が食べたいのなら、自分で飯盒使ってスープでもシチューでも作ればいいのであります」
「オリガまで」
「だよなぁオリガ。流石は軍人言うことに筋が通ってる」
「今回ばかりは流石に自分も尻尾が立つ思いであります。我が軍の兵士の多くが、寒空の下で干し肉を齧っているというのに。自分だけ温かい食べ物をだなんて」
今日も今日とて王家の走狗。
俺達を良いように使う王族への愚痴をこぼしつつ、俺達は図書館の中を進む。
今日の書架はまた一味違う。
いやまぁ、一味違うのは毎度のことか。
なにせ魔導書によりけり風景は変わるのだ。
俺たちの視界には、キッチンが地平の果てまで続いている。
ここは第三十一書架室。
『調理器具の魔導書』が収められた場所である。
古今東西。
ありとあらゆる食器や調理器具。
それらについてまとめた魔導書が収められているられている。
それも魔法により効果を付与されたものたち。
――とは、入る前にリーリヤが俺達に語った話だ。
「前に行った、料理・レシピの魔導書とは何が違うんだよ」
「あっちは料理、こっちは調理道具よ。まとめてしまっても良かったんだけれど」
「けれど?」
「まがい物とはいえ、国宝級の食器に料理が載ってるのって心臓に悪いでしょう」
確かに。
紙で出来てるまがい物。
とはいえ、そんなもんがどえらい高価な器に乗って出てきてみろ。
食う前に胃が外に出てしまうわ。
つっても、教養ないから分からんだろうけれど。
「そういう有名な食器とかが書いてあるのか、ここにある魔導書には」
「そういうわけでもないんだけれどね。ほら、生贄とか銀の食器による毒見なんかで、いろいろといわくがあってね」
「いやないわくだなおい」
「血なまぐさい話であります。とっとと、目的のランチボックスを見つけるであります」
ごもっとも。
きょろりきょろりと辺りを見回すオリガ。
彼女に合わせて俺も一緒になって辺りを見回す。
すると、割とそれは手近なところにあった。
棚にずらりと並べられたランチボックス。
おそらくこの中に目的のランチボックスの魔導書があるのだろう。
「魔法使いが昼飯に凝るとはねぇ」
「食はどんな時代でも大切だからね。どうせなら、おいしいものが食べたいじゃない」
「蛇でも焼いて食ってりゃいいじゃないか」
「あらいいわね、蛇。私、蛇は蒲焼が好きよ」
流石は野生のエルフ。
発想と発言が逞しい。
胸やけしそうだ。
「あとムニエルにしてもいいわよね。ただ、なんにしても毒だけが厄介だわ」
「いいよ、冗談だよ、それ以上言うなよ」
「自分は雀を焼いたのが好きでありますな。あと、鴨なんかもなかなか」
「お前もたいがいに野生児だなオリガ。こんなんばっかか俺の周りは」
「なによ自分だって煙草吸うくせに」
「煙草と蛇と雀を同列に並べるかね。あぁ、やだやだ、これだから亜人は」
「その発言、亜人差別でありますよマクシム殿。なんにせよ、食へのあくなき探求という奴でありますな。おっと、これは」
銀色に輝く円筒状のランチボックスを手にするオリガ。
軍隊で使っている飯盒にも見えなくもない。
しかし、いかんせん、手をかけて二つに分けるような場所が見当たらない。
どう使うんだ。
リーリヤにすかさず尋ねる。
オリガからそれを渡されると、じっとそれを眺めるリーリヤ。
暫くして。
「缶きりないかしら」
「缶詰じゃないだろ流石に」
こちらに向かって差し出した手をぺしりと叩く。
すると、てへと舌を出してエルフの魔女は誤魔化した。
はぁ、これだ。
魔導書のことは知っていても、世間のことはてんで知らないときている。
まぁ、それでなくても、古今東西の弁当のことなんて、普通の人でも知らないわな。
そう思った矢先――。
「あれ、リーリヤ殿? なんか、落ちたでありますよ?」
「へ?」
からんころんと音がする。
リーリヤの足元に落ちていたのは、手にしているそれよりも一回り小さい、筒状のランチボックス。
あれ、これ、どこから出たんだ。
そう、思った矢先に、また、同じサイズのランチボックスが、ぬるり、リーリヤの手の中からすべり落ちた。
いや、正確には。
手にしているランチボックスの底から。
「うわぁ、わぁ、なに、これ、どういうこと!?」
「いやどういうことって俺に聞かれても」
「増えるランチボックスでありますか?」
俺はその一回り小さいランチボックスをひょいと拾い上げる。
なんの変哲もない感じのそれ。
だがなにかあるのは間違いない。
ここは魔導書架だ。
そうして睨んでいると、また、そこからするり、もう一回り小さいそれが滑り落ちる。
慌てて、それをまた拾う。
そうして空いているもう一つの手で摘み上げれば、またそこからずるり。
一回り小さい――すっかりと、コップサイズになった――ランチボックスが出てきた。
「なんだこれ、無限に出てくるんじゃねえのか?」
「もうひとつの方は、振っても何もでてこない感じでありますが」
「なによこれ、マトリョーシカじゃないんだから。というか、口がないんじゃ何も詰められないじゃない。どう使うのよ、こんなの」
手にしていたランチボックスの上辺を、ていとリーリヤが指先で叩く。
太鼓を叩いたような気味の良い音共に、ぱかりとその上辺が開いた。
他のランチボックスもいっせいに。
大小それぞれの筒の中には、それ毎に違う料理が入っている。
どれもこれもおいしそうな見栄えに、鼻腔を喜ばせる香りを漂わせている。
おしむらくは、紙で出来たニセモノだということ。
「へぇ、なるほど。小分けしたのを、一つの筒にまとめて入れれるっていうのは、これは便利かもしれないわね」
「使い方が分からなければ猫になんとやらだな」
「失敬な!! 猫に失礼であります!! リーリヤ殿はエルフなのだから、エルフになんとやらであります!!」
「ひどい、エルフ差別よ!! オークの憲兵さんに訴えてやるんだから!!」
はぁ。
こいつら、ほんとなんていうか――本当に女子力が足りんな。
嫁の貰い手が心配ですよ、俺は。しらんけど。
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