第10話 光り輝くブロンズの肌【シュール】

 ゴーレムの秘術。


 分かりやすく言うと、土を人型に練って使役する魔術である。

 とりわけ、魔術師というのはこのまじないを研究対象として好む。

 世間さまに背を向けて森やら山やらに隠れ住む彼らには、自分に忠実に働いてくれる助手が必要なのだ。


 必然、それについての魔導書は多くなる。

 研究者が多いということは、それだけバリエーションも豊富になるということだ。


 やれ城をも越える背丈を持った鉄のゴーレムを作り出す秘術もあれば、手のひら大の土の妖精のようなゴーレムを生み出すものまで。


 材質から、形まで、多種多様。

 用途も色々である。


 さて。

 そんなゴーレムたちが、魔導書が集まったことにより発生した無尽蔵の力を得た。


 魔導書架の中を本能のままに蠢きまわっている。

 視界に入るものを手当たり次第に壊している。

 思想なき暴虐の限りを尽くしている。


 そう、言えば、この書架のヤバさが伝わるだろうか。


 どうしてそんな危ない魔導書をひとからげにまとめて放り込んだかね。

 恨むぜ前任者。


 それに習って何度か俺らも放り込んだけれども。


 第三十八書架。

 ゴーレムたちの足音に震えるその部屋の中。

 俺とリーリヤは、ようやく見つけた塹壕に身を隠しながら溜息を吐いた。


 その溜息をかき消すように、黒金の巨人が放った赤い光が大地を焦がす。

 小さくごつごつとした灰色の岩のゴーレムが、ぎゃぁ、ぎゃあと悲鳴と共に宙を舞う。


 悲惨な光景だ。

 見るに堪えない。

 逸らすついでで視線を手元に戻す。

 俺の手の中にはリーリヤから渡された、目当ての魔導書の切れ端があった。


「どう?」


「ううん、どうにも、近くにはあるみたいなんだがな。鉄と油と土の臭いではっきりとした位置が分からん」


「なによ、役立たずね」


「普通の戦場だったらまだどうとでもなるんだがな。こんな奇天烈大ゴーレムが歩き回っていたんじゃ、いくつ鼻の穴があっても詰まっちまうよ」


「竜殺しが聞いて呆れるわね」


 五月蝿いやい。

 俺だって好きでやってる訳ではない。

 そして、竜殺しが巨人となんの関係があるのか。

 そういうのは巨人殺し相手に言ってくれい。


 落ち着けと自分に言い聞かせて深呼吸をする。


 昔話も喧嘩話も今はしている場合ではない。

 この書架に長く居続けるのは危険だ。

 ゴーレムの足裏でせんべいにされる前に、ちゃっちゃと目的の物を回収して、書架から脱出しなくては。


「近くにはあるはずなんだよ、微かに匂いも気配も感じてはいるんだ。だがな、この土くればっかりの景色の中にそれらしいもの」


「目に付かないわよね」


「そうだよ。目につく限りにはないんだよ」


「なにかしら、もしかして土の中とかに埋まっている……とか?」


 それは――。


 あり得るかもしれんな。


 なにせ、世界を天井からひっくり返したかのような大惨事。

 この世の終わりのような状態になっている魔導書架である。

 魔導書から染み出る魔力が切れたら、部屋一面に魔導書がばらばらと散乱するえらいことになるんだろうなという想像が巡る。


 そんな書架である。

 地面に埋まっていてもおかしくない。


 ふぅ、と、溜息を吐いてその場にリーリヤが座りこむ。

 力仕事は得手ではない。頭働きが得意なエルフである。そして、魔導書架なぞなければ、デスクワークがメインの図書館司書である。

 本を運ぶのはそれなりに重労働だが、塹壕戦はちと酷だ。

 疲れてふてくされるのは仕方なかった。


 しかし――。


「……うん?」


「あによう?」


 その姿に俺は妙な違和感を覚えた。


 女だてら、エルフということもあって、背の高いリーリヤ。そんな彼女でも、地面に膝を抱えて座れば――当然、俺の腰よりも身長は小さくなるはずだ。


 しかし。

 今のリーリヤの頭の位置は俺よりも大きい。


 その尻の下。

 彼女が何かを尻にしているのに俺は即座に気がついた。


「リーリヤ、お前、その腰掛けているのはなんだ?」


「え? 何って、ちょうどいい感じの岩があったから」


「ただの岩って形かよおい。明らかに台座って感じだろう」


 そう。見るからに彫って作ったという感じの仕立てのいい台座。

 それがリーリヤの小ぶりの尻の下にあった。


 俺の鼻がその台座に反応する。

 正確には、その台座の匂いを嗅ぎ取り、手元の魔導書の切れ端と照合する。


 なるほど間違いない。

 これは、俺たちが求めている魔導書から漏れ出た、魔力の匂いに間違いない。


 しかしそうだとして――なぜ台座なのか。


「それはだね盗賊くん。あの暴れる巨大ゴーレムが放った光線によって、私の銅の体がどろどろに溶けてしまったからだよ」


 足元で声がする。


 視線を落とせば、そこにはどろりと溶けてスライムのようになった何かが広がっている。元は鉄か、はたまた銅か。なんにしても、金属だったことがうかがえる。

 なんだこれはと顔を近づければ、ぎょろりと、こちらを白い眼が見つめ返す。


「すまないね。私こそ、君達の求めている喋る青銅像の魔導書、その成れの果てという奴さ」


「喋った。うわぁ、スライムが喋った、気持ち悪い」


「そんなこと言うもんじゃないだろリーリヤ。こちらさんブロンズなのだから。熱したら溶けるし、叩いたら折れるってもんだろう」


「空気に触れた青く錆びるしね。これだから新陳代謝のない無機物は辛いよ」


 とほほほ、なんて、いったいどこから口にするのか。

 足元の青いブロンズスライムはとぼけた言葉を口にする。


 間違いない。

 俺たちが求めている、喋る青銅像の魔導書だ。


 今年で当代の王が即位してはや二十年。

 その記念に作る、王の彫像。

 それを是非とも喋るものにしたい。


 そんないつもの王族の暇を持て余したわがままでもって、俺達はこいつを命がけで探していたのだ。


 ほんと、就職先は選ぶべきだと心の底から思う。


 まぁ、そいつはさておき。

 仕事は仕事だ。


「そっちから出てきてくれて助かったぜ。悪いがお前の中身に用があるんでな、その漏れ出ている魔力、封印させてもらうぜ」


「望むところ、むしろ頼むというものよ。こちらも、こんな姿になってしまってどうしようもなく、一度リセットして欲しかったんだ」


「そんな気軽に言ってくれちゃうわよね。封印するのも手間かかるのよ」


 たははと笑うブロンズスライム。

 何がおかしいという俺たちの視線に彼は――。


「あの暴れまわってる巨大ゴーレムをどうこうするよかマシだろう」


 と、返す言葉もない正論を吐くのだった。

 まったくごもっともである。


「それ、はやくせんと他のゴーレムに気づかれるぞ」


「だとさ。贅沢言っている場合じゃないみたいだ、リーリヤ」


「……分かったわよ」


 しぶしぶと、リーリヤが溶けたブロンズ像に手を伸ばす。


 魔力中和の呪文を唱える。

 すると、みるみるうちに地面に溶け広がっていたブロンズの塊がどろりとした液状へと変化する。

 次いで、台座が粉々に砕けたかと思うと、それが練り合わさる。


 リーリヤが一息つくころには、それは、青銅と同じ色合いの、小さな本になっていた。


「しかしまぁ、ただ喋るだけのゴーレムとは、どういう需要で作られたのかね。普通は人がやらない野良仕事だとか、そういうのに使うもんだろう、ゴーレムって」


「そう? 私にはなんとなく作った人の気持ちが分かるけど」


「おいおい世間知らずが大口叩いたな」


「世間を知らないから分かるのよ。そういう気持ちが」


 そんなことは良いから早く行きましょう。

 リーリヤは手の中の魔導書を懐へとしまうと、土に汚れた手を払う。

 それから――。


 どうしたことか、俺に向かってその手を差し伸べてきた。


 握れ、ということか。

 何を考えているのいかよく分からんが、まぁ、このか弱いエルフのご主人どもに、みすみすゴーレムの餌食になられても困るからな。


 しぶしぶその手を俺は握り返すのだった。


「……死なないでね、マクシム。お願いだから」


「それ、微妙に死亡フラグだぞ、リーリヤ」

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