第145話 オムレツ道

 皆さんがお好きな卵料理は何ですか?


 目玉焼き? 卵焼き? ゆで卵? 卵ご飯?


 好みもそれぞれありますでしょうが、加熱する卵料理では、半熟状態でいただく料理が一番卵の魅力を引き出せるのではないかと思います。


 私が一番好きなのは、オムレツ。


 omelette。


 卵だけのプレーンオムレツです。

 料理はオムレツに始まりオムレツに終わる、という言葉は聞いたことあるでしょう。

 本当に、オムレツって難しい。


 私が船舶料理士を養成する専門学校に行った時に、調理実習で最初に教わったのがオムレツでした。

 そのときに教官が私たちの前でデモで作ったオムレツが忘れられません。


 卵は3個。ボールに割り入れて箸でまんべんなく、コシを残す程度に解きほぐし。

 油ならしをして絶妙な温度に熱したフライパンに卵を流し入れ。

 フライパンを動かしながら箸でぐるぐるかき回し半熟状にすると、火からおろし手前の生地を奥へと半熟状の中身を包むようにします。

 フライパンの傾きを上下させるのと同時に柄の根元をトントン叩いて、生地を裏返しに。

 そして素早く皿へ。


 その間約十秒ほど。


「あっという間やろ」


 オムレツという言葉の意味はそういう意味だと、教官がおっしゃった気がします。


 皿に盛られたオムレツは、私が今まで見たことがないほどの美しい卵料理で。芸術品のよう。

 表面の生地は均一な薄い黄色。白身の白い筋などなく。

 ラグビーボール型の両端は綺麗に尖った三角形。中央に向かって丸いカーブを描き盛り上がり。

(私は毎回ホテルの朝食で、オムレツを頼みますが、この時の教官のオムレツと同等、もしくは超えるオムレツに遭遇したことがありません。いずれも程遠いレベルでした)


「触ってみい」


 教官の近くにいた子が、言葉どおり触れてみます。


「きゃあ、オッパイみたい!」


 薄い皮膚一枚に包まれてタプタプ揺れるオッパイそのもの。

 教官がナイフでサッと中央を切りました。

 瞬間に流れ出す黄金色の中身。

 みんなは歓声をあげます。

 とろっとした半熟状の固まった部分の大きさは均一です。


「これで何円や思う?」


 教官がみんなを見回して聞きました。


「五百円や。……卵なんて一個何円やねん」


 ニヤリと笑みを浮かべ、自分の腕をトントン叩く教官。


「ココよ、ココ」




 ……カッコええなあ! おい!


 その瞬間、みんなの胸に湧いた想いは一つでしょう。


 自分も作れるようになりたい……!




 それ以来、放課後にひたすらオムレツを練習した私ですが。

 うまくいきません。

 一番の難関は、フライパンの柄を叩いてひっくり返すところ。

 あそこで時間がかかると、皮は分厚く、裏返しにくくなり、中身は半熟にはなりません。

 難しい……!


 それから十年以上経っている今も。

 私はオムレツを完成出来ずにいます。

 週に一回は、朝食にオムレツを作るのですが。どうしてもあの時の教官のようにはならない。中身は半熟ですが、固まりの部分の大きさは均一でないのです。形状はサマになってきましたが、表面の皮はあの時のオムレツと比べると厚く、たぷん、というようにはなりません。

 ああ、どうにか死ぬまでに完成出来るようになりたいなあ……!


 あっという間にできるその過程に、私の長男は惹かれるものがあるのでしょう。いつも、オムレツを焼く私の傍らでそれを見ています。私は長男に教えながら、長男にもあのオムレツが作れるようになって欲しいなあ、と願っています。


 だって例えば、12年後。

 一人暮らしをしている長男のところに女の子が遊びに来て。

 その子の目の前でハイレベルなオムレツを作って見せたとしたら。


『きゃー! ☆☆くん、カッコいい!』


 という展開に間違いなく、なるでしょう?


(いや、その前に女の子を家に呼ぶという過程が大変かもしれませんが)



 息子の将来に期待を込めながら、今日もオッパイのようなオムレツを目指し、焼く私なのでありました。






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