第116話 生まれて初めて
数年前、私は人生で生まれて初めてナンパされたことがあります。
(ええ、ナンパです。ナンパ。昔でいうとガールハント。決して勧誘ではなく……ええ、ナンパだったと信じたい……!)
時は三十路直前の真冬。場所は有楽町。
仕事か勉強のためか理由は忘れましたが、私はそのとき珍しくスーツを着て上にロングコートを羽織り、薄暗い中、家路を急いでおりました。
駅の構内に入り、京浜東北線への階段を上ろうとしたとき。
「あの、すみません」
呼び止められました。
私はてっきり路線のことなどを聞かれるのだろうと思いました。うわあ、答えられへん。
関東に来て三年以上経っていましたが、私は外出をそんなにしたことがなく、日頃決まったルートしか知らなかったからです。
「はい」
と立ち止まり相手の方を見た私に。
「お姉さん。こんにちは。良かったら私とそのへんの店でお茶しませんか」
……私はテンパりました。
あり得ない出来事に。
人生最大のハプニングに。
「はあぅあっ! わ、わたし、子供居ますけど!」(←記憶の限りでは本当にこのように答えました)
動揺した私はそう叫び、逃げるように、だっ、と階段を駆け上がるとホームから発車しようとしていた電車に飛び乗りました。
車両の中で、ドキドキする胸をおさえました。
ホ、ホンマにお茶しませんか、って言うんやな……。
生まれて初めての経験に心臓の音が止まりません。
帰宅して、早速、子供と共に私のことを待っていた主人に息急き切って報告しました。
「ちょー、◯◯ちゃん! ウチ、今日ナンパされたで!」
「……それ、勧誘だったんじゃないの?」
失礼な!
「いや、ナンパやと思う! 有楽町で!」
「どんな人だったの?」
そして私はその相手の方について語り出しました。
年の頃は40、身長185ぐらい(←おお!)、細身でスーツ着用、コートを羽織り……
自分でも驚きました。人は一瞬の間に、いろんなことを見てインプットしているのだと。
短髪にメガネ、真面目でカタそう、出張にでも行ってきたような大きめの鞄をもち、そしてもう片方の手には。
初音ミクが大きく描かれたアキバ系の紙袋。
「……オタク?」
と主人。
そ、そうなんやろか。(いえ、オタクの方だとしても、どうでもいいのですが)
「いや……ちょっとこっちに出張に来た地方のビジネスマンさんが、折角やから、よし! アキバ見て帰ろう! みたいな感じやったんちゃうやろか」
「いや、ないだろ」
そうでしょうか?
「……ふーん、良かったよ。俺も嬉しいよ。俺以外に◯◯をそういう目で見る人が居るんだね」(←超失礼)
そういう主人の言葉も嬉しくて興奮のあまり気になりません。
赤飯でも炊きたい気分でした。
舞い上がってしまった私は、その日はなかなか眠りにつけませんでした。ーー
ナンパする人の印象として。
私が抱いていたイメージの方とは違いました。
私のイメージ
【年の頃なら十代〜二十代。キンパツか茶髪でツンツン髪が逆立っていて、『ヘイ、彼女♪ ボクとお茶でもどう?』という感じ。……こんなふうに思っていたのですけど、実際は違うのですかね? 】
あんなナンパなんかしそうにない人種のしっかりした真面目なお兄さん(←私の中で急速に美化されているお兄さん)がやで?
ウチに声を!
――出張先での仕事を終え、ふと興味を持ってアキバへと赴いた帰り、有楽町で。
目に入った、颯爽と駅の構内を歩く一人の女性の姿。
OH! なんだ、あの僕の理想を絵に描いたような素敵な女の人は!
ダメだ、声をかけなくては。行ってしまう。声をかけるんだ、折角の機会が失われてしまう……!
『あの……! すみません……!』――
うふふふふふふふふふふふふふふふふふ。
こんな感じ?
(私という人間は、
はぁあう。
今日のことは一生の思い出にしよう……と、心に決めて、その晩はようやく眠りについたわけですが。
それから数年後、ついこの間。
高身長女子についての記事を読んでおりましたときに。(以前のエッセイのネタですね)
私は驚愕の文を読んでしまったのです。
――高身長女子は。
男性から注目されたり、声をかけられたりするという経験がほとんどないため。
声をかけると、舞い上がってついてきます。
高確率でナンパは成功します。狙い目です。――
……うん、コレ(笑)
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