第71話 アホな王子

『三番目のレモン』というお話を皆さんご存知でしょうか?


 外国の童話です。私の家にはとても美しい絵の童話集があり、子供のときから度々それを読み返しています。その中のひとつのお話なのですが。


 このお話は私の中で特別な童話として位置づけられています。


 なぜなら。

 このお話に出てくる王子がホンマにアホだから!


 アホすぎてアホすぎて、イライラするのです。この王子。

 私の中で『イライラする童話』ナンバーワンとしてあげます。(ちなみに『イライラする映画』第一位はダスティン・ホフマン演じる『ヒーロー 靴をなくした天使』です)


 以前、長男に初めてこのお話を読んであげたときも。

 長男も私と同じく王子のアホぶりにイライラして興奮しまくり。それほど王子がアホなのです。


 どんな話かと申しますとね……


 ――ある国の王子さまは才色兼備の王子です。しかしこの王子、年頃になってもなかなかお姫様を娶ろうとせず、何か考え事をしてばかり。父王は心配しておりました。そんなある日、王子は食事中あやまってナイフで手を切り、その血が白チーズの上にかかってしまいました。それを見た王子は叫びました。

『ああ、そうだ! 白チーズのような肌、血のような赤い唇をした娘と僕は結婚するぞ!』


 つまり、今まで王子はどんな相手と結婚しようかとずっと考えていたわけなんですね。

 考えてたどりついた答えが外見の条件かよ、とつっこみたくなってしまいますが。


『おお息子よ、そんな女がこの世にいるわけない』

 父王は当然、王子をいさめますが頭に血が上った王子はその言葉をまったく聞かず。

 あきらめた父王は息子の願いをかなえるために、幻の女を探す旅の費用と船を王子に与えるのです。


(このやろう! 国民の血税をそんなふざけたことに使いやがって!)


 いろんな国に行きますが、もちろんそんな女性はいません。それでも王子はあきらめません。

 あるとき、ある島にたどりつきました。島を散策中の王子はそこで不思議な老婆に会います。老婆は王子の話をきいて感心したように言いました。

『なるほど、あんたはりっぱな若者じゃ。(どこが? 美女を求めて国をほっぽりだすような男ですよ。留学とか、見聞を広めるためならともかく)気に入った。あんたを助けてあげよう』


 子供のときもこの老婆の言葉に違和感をおぼえたのですが、大人になるともうつっこみどころ満載ですね。


 老婆は3つのレモンを王子に与えます。

『いいか。レモンを切ると美女が現われる。そうしたら彼女にすぐ水を与えなさい。水を与えないと、死んで消えてしまうからね』

 お礼を言って老婆と別れた王子。しばらくして思い立った王子は泉のそばでレモンをひとつ切ります。

 老婆の言ったとおり、この世のものとは思えない美女が現われました! 白チーズのような肌、血のように赤い唇の女性!

『ああ、なんて美しいひとだろう』

 ここで、アホ王子。彼女に見とれて、老婆の言葉をすっかり忘れてしまいます。彼女を見つめるのに必死で水が欲しいと彼女がジェスチャーで訴えてるのに、全く無視!


「アホやな! 早く、水やらな!」

 隣で絵本をのぞきこんでいた長男が叫びます。


 案の定、美女は消えてしまいます。

『ああ、消えないで! 待って、どこに行くんだ、僕を置いて行かないで!』

 ――失意の中、王子はもうひとつレモンを切ります。今度も、先ほどとは別人の美女が現われました。

 そして、またその美女に見惚れ、消えるまでぼんやりとしているだけの王子。


「アホや、こいつ、アホや! ホンマにアホやな! 早く、水あげやな!」

 息子はイライラして大興奮。床をたたいて叫び、王子のアホっぷりに激怒。


 そこで王子はやっと気が付くのです。

『ああ、僕は何てバカだったのだろう。老婆から水をやるようにと言われていたのに』


 ホンマやで! 絶世の美女、二人も見殺しにしやがって。


 三番目のレモンの彼女には水を与えた王子。頬に赤みが差し、元気に微笑む美女に王子はお城から迎えを呼んでくるからそれまで泉の木の上に上って隠れてるようにと言いわたします。

 そして王子が去った後、泉の水を汲みに色黒の醜い娘がやってきました。醜い娘は泉に映った美女の顔を自分の顔だと思い込み、狂喜乱舞します。あたし、美人になったんだわ! と浮かれきる醜い娘ですがそれが自分の勘違いだと分かり、ショックを受けます。しかも、これから王子様が迎えに来るのを待ってるの、なんて美女が話すのを聞くと悔しくなってしまいました。

 醜い娘は美女の髪をとかすふりをして、針を美女の首に刺しました。すると、とたんに美女はハトになって飛んで行ってしまいました。――


 ――さあ、意気揚々と王子が城の者を引き連れて戻ってきましたよ。

『さあ、下りてきておくれ、僕の美しい人!』

 そうして木の上から下りてきた女性は。

 今まで見たこともないような醜い女性。

『えええ!? きみは誰?』

『いやですわ、王子。私ですわ。あなたがあんまり待たせるものだから、日に焼けてすっかり黒くなってしまいましたの』

 城の者も王子の花嫁の姿に茫然。父王も息子はおかしくなってしまったのではないか、と嘆き悲しみます。

 そこで、アホ王子。どうするのかというと。

 僕はこの人と結婚する約束をしたのだからこの女性と結婚しなくては、と覚悟を決めます。


(ここは、アホと言っていいんでしょうか。あんなに外見にこだわってたのに、どうしちゃったのでしょう。男に二言はないぜ、的な。ひっこみがつかなくなっちゃったんでしょうか)


 そして結婚式の当日。歌を歌う不思議なハトが式場を飛びまわります。王子がハトをつかまえ、ハトの首に刺さった針に気付いて抜いてあげると……なんとあの美女が現われました。

『ああ、このひとが僕の探し求めた花嫁です!』

 というわけで、急遽花嫁変更、醜い娘はトンズラ、大団円、めでたしめでたし……になったわけです。



「ああー、もう、王子がアホやから☆☆、めっちゃイライラしたわ!」


 本を読み終わると、私と同じ感想を興奮冷めやらぬ様子で述べる長男。

 うん、おかあさんも同じ。めっちゃイライラしたわ。

 私が感じましたところ、このお話のテーマというのは、結局アホな男はかわいい、ということだったのでしょうかね? 老婆も王子がアホだから気に入ったのかな?


 しかし、あのまま王子が色黒の醜い娘と結婚したままだったならどうなっていたのでしょう。

 少し想像してみちゃったりしました。


 ――『こんな醜い娘と結婚するなんて、王子は人を中身で見るすぐれた人物?』

 まさかの結婚相手に、王子、国民の人気急上昇。

 醜い黒い娘は、度胸があり機転の利く賢い女性だと思うのです。苦労を知っているので、国民の味方となり政治にも意見を出すアホ王子を助ける良妻賢母となったのかもしれません。外見なんて見慣れれば本当にどうでもよくなるものですし、愛嬌もユーモアもある彼女。彼女との会話は刺激があって楽しそう。アホな王子は彼女と長い時間共に過ごすうちにゆくゆくは彼女を愛するようになったのではないでしょうか。


 反対に、美女の方は聞かれたことにしか答えない、イエス、しか答えないような人形みたいな女性ですから、結婚しても面白くなさそう。

 美しい子供を産むだけの道具でしかない彼女。

 刺激を求める王子は手練れの第二夫人を娶り、そっちにハマるでしょう。

 彼女と争う気概もない美女は、さみしく余生を送る……そんな感じではないでしょうか。





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