第三幕『歓迎』

 地下洞窟の港から階段を上って地上に出ると、そこには小さな町が広がっていた。白壁の小さな家々が立ち並び、海沿いの小さな集落と言った風だ。正確には絶海の孤島の集落なのだが。


 居住区唯一の娯楽施設と言えそうな酒場では、長い航海から帰って来た男たちを労う宴で盛り上がっていた。ラースがそこに顔を出した途端の歓迎振りは凄まじかった。お帰りなさい、お疲れ様、口々に人々から歓迎を受けるラースは、さながら集落の英雄だ。


「そっちが噂の現物支給のお宝かい!」

「まあ、本当に宝石みたいな眼をしているのね」

「さあ、座って座って!」


 素朴な風貌の女に腕を引っ張られて、大柄な男に背を押され、あれよあれよと僕は酒場のど真ん中のテーブルに座らされていた。エールがなみなみと注がれた特大ジョッキが目の前に置かれ、横に座ったラースがいつもの笑顔で「さあ飲もうか」とジョッキを構えたので、僕はこれ以上の会話は望めないと諦めを付けるために帽子とコートを脱いだ。鉄鳥がふわりと飛び上がると、人々が一斉に見慣れない魔法生物に歓喜の声を上げた。


『あるじ様っ!たた、助けてくださいまし』

『ならココに来い』


 左耳にイヤーフックの要領で止まった鉄鳥の位置を少しだけ直し、僕は横に座るラースに忠告した。


「僕に三杯以上エールを飲ませようとするなよ」

「わかってる分かってるって!」


 言って僕は特大ジョッキを手に取って、一気に仰いだ。その後の記憶は曖昧だ。やはり一度にジョッキ三杯以上飲んではいけない。結局所々の記憶が飛んでいる。


 美しいソプラノの歌声が響く酒盛りの場で、集落の人間たちは口々に自分たちの今があるのはラース船長のおかげだとか、兎に角ラースを英雄視するような事を口々に繰り返していたように思う。奴隷として売られて行き、人として扱われない人生を送るのだと悲観に暮れていたと言うのに、ラース船長は自分たちを人として此処に住まわせてくれた、と。この場所は楽園だと口にしていたような気がする。


 この小さな土地で採れる物は意外と多い。海に出れば豊かな潮流の混じる一帯では多くの海産物が獲れるし、暖かい地方なので農作物もそれなりの物が採れる。自分たちが食べる分、使う分以外の物は例の商船が売りに行って別の物に変えて来てくれる。自分たちの生活を一から作り上げている充足感が人々から感じられた。

 そうだ、あの商船だ。その話を聞きたかったのに。


 夢うつつに思い返したところで目が覚めた。テーブルに突っ伏して眠っていたようだ。酒場の床で集落の人も船員たちも雑魚寝だったり、テーブルに突っ伏していたりで、すっかり宴の後の様相だ。左耳に止まっていたはずの鉄鳥はテーブルにペッタリと横になって眠っている。すっかり夜も深けた暗い酒場の中を、掛けられていたコートを羽織り直して表へ出る。満月が周囲の星の光を喰らう様に霞ませて夜を照らしている。漂う潮風は酒の回った頭へ程よい通気をしてくれた。

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