第十二幕『海神ニコラス』
ヴィーボスカラートを手にして、祭壇の前に立つ。この特製鞭の先端には火薬を内蔵した重石が付いていて、鞭の先端数十センチには火打石を砕いて編みこんであるため、火薬に反応して遠隔爆破させることが出来る。この祭壇を破壊するには、発破力が足りないので使用しないが……コートの裏側にあるポケットに仕込んでおいた火薬玉を手にし、それを祭壇に向けて放り投げ、素早くヴィーボスカラートで着火、同時に祭壇に向けて弾き飛ばす。轟音が立て続けに響き、衝撃波が波紋を描くように走る。ズズン、と鈍い音を立てて祭壇が真っ二つに割れた。
「ヒュー!鮮やかぁ」
感嘆の声を上げて拍手しながらコチラへ向かって来たラースの足が止まる。その顔が恐怖と驚愕に染まって固まる。丁度僕の後ろ、この空洞の入り口を見て、彼は固まっている。
それ、に気付いた瞬間、首筋を食いちぎられるような恐怖に身体が硬直した。いる。そこにいる。振り返らずとも分かる、その存在感。
『おお、おお!ついにわたくしめは自由になった!』
僕らの緊張感を他所に、割れた祭壇から嬉しそうな声がする。キン、と空気が震える音と共に、青錆だらけだった鉄の板が見違えるように光を発して浮かんでいた。
深い海の底を思わせる濃青緑の半面に羽根飾りの付いたような、鳥を意匠した不思議な形の髪飾り。それが自ら鉄鳥と名乗っていたモノの正体だった。
『おお?おお!海神公ではありませんか!』
ああ、その名を改めて聞きたくなかった。
『鉄鳥殿よ、ついに主と見えたか?』
『はい、ご覧の通りでございます!』
『貴殿、海賊か』
呼ばれて、答えぬ訳には行かなかった。破裂しそうな心臓で、重い体を反転させる。
漆黒のコート、大波のようにうねる長い黒髪、大きな傷で潰れた右顔面、細身だが見上げるほどの巨躯。無表情にコチラを見る左目が、己の内面と魂の奥すらも見透かすように僕を射抜く。
ドラゴンスレイヤー・ニコラス、海神ニコラス。その本人が、目の前に立っている!震える声が僕の口から零れ落ちる。
「メーヴォ=クラーガ。ついこの間、海賊になったばかりだ」
『勇敢なるカモメは海賊に成り果てたか』
『メーヴォ様は崇高なる技術者の魂を持った海賊でございます!』
『……そうか。よき主と再会したな、鉄鳥。次に見える時は敵かも知れぬぞ』
『長きに渡った友情は、この先も永遠でございましょう。貴殿の海路に、天道の導きありますよう』
『ふ、貴殿にもな』
声を発せず、鉄鳥はあの海神ニコラスと語らい、そして互いの健闘を祈りあった。海神ニコラスは何事もなかったように振り返り、空洞を後にした。
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