第八幕『その闇』

「お前が俺を信じるなら、俺はお前を信じる。俺の信頼は絶対だ」


 基本的に束縛はしない。船を降りたいなら降りれば良い。罰則金を支払って余りある給与は支払われていると言う。ただ、ヴィカーリオの船を降りたいと言った者は、ごく僅かだったと言う前例もあるようだ。


「ただし、お前は貴重な技術者だからな!しばらくは同行してもらうぜ?」

「無論だ。僕ももう少しお前たちを観察してみたいんでな」


 今後ヴィカーリオの船を降りて他の海賊船に乗せてもらう時の参考にするよ、と嫌味をたっぷり篭めて言ってやれば、ラースは乾いた苦笑を零した。


 そんな会話をしながら、島の奥を目指して歩き続ける。


「さぁて、そろそろ人魚の住まう湖の畔に付くが……」


 気付け薬を飲んでおくと良いぜ、とラースが緑色の薬の入った小瓶を投げて寄越した。


「正直な話、必要ないと思うが」

「幻惑に引き込まれるぞ?」


 フン、と鼻で笑って彼を追い抜き、一人どんどん先へ進む。その背に慌てる声が刺さる。


「人魚の幻惑と言うのは、人間の本能部分を見透かし、刺激して惑わすものだろう。僕の性癖を見取って尚、彼女たちは僕を誘惑すると思うか?」

「って言ってもお前なぁ!」


 言い合う間も無く森の木々が開け、湖の畔を通る道へと出る。海にも続く湖では、美しい人魚たちが久々の来客に沸き立ち始めた。いくつもの異形の瞳が僕の内面を透かし見ようとその視線で僕を絡め取る。


「良いさ、よく見るといい。で、どの彼女から、何処から吹き飛ばされたい?」


 腰に下げていた真っ赤な鞭、ヴィーボスカラートを手に取り、足元の湖面をピシャリと叩く。波紋を描いた湖面が水柱を上げて爆発した途端、人魚たちはおぞましい者を見てしまったと言う顔をしてそそくさと水面にその身を翻した。残ったのは微かな水音だけだった。


「……お前何したの?」

「別に?ただあの岩の上に居た人魚を、五体バラバラに爆破してやりたいなぁって考えてただけだ。あの位の小柄さなら、きっと頭は綺麗に吹き飛ぶだろうなって……」

「……あー、お前は好みの子は爆破しちゃいたい系だったっけな!」


 その後はご想像の通り、セイレーンたちも僕の内面のおぞましさに文字通り尻尾を巻いて逃げていった。勿論、僕の内面だけではなかったようだけれど。

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