第九幕『逃亡』
とは言え、海軍の連中も俺の顔を見て驚いて居るみたいだし?ココはそろそろ潮時だ。手早くアンカーを塔に向けて発射する。ガチンと石を噛む音がしてアンカーが固定されるのを確認し、特製ボウガンの糸巻きを起動させる。
「メーヴォ、俺の船に来い!」
差し出した俺の左手を、短い小指の左手が力強く握り返した。
「厄介になる」
俺たちの体はロープを巻き取る滑車付きボウガンに引かれて宙を舞った。一瞬の事で軍の連中もとっさに対処出来ず、俺たちは塔の壁を駆けるように上ってその身を隠した。まだ塔の上に兵士は居ない。塔のあちこちに仕掛けた魔弾が時間通りに作動し、通路を氷漬けにしているから当然なんだけどな!
「で、どうするんだ?」
「どうするんだって、飛ぶんだよ!」
幸いココは海沿いに建つ砦の塔の上。そして海の上には?
「せぇぇぇぇぇんちょおぉぉぉぉぉ!」
海から大きな声が響く。波の音にも負けない、巨人族らしいデカい声だ。
「いぃやっほぉぉ!ココだココだ!」
塔の端から身を乗り出して手を降れば、砦の下の海に我らがヴィカーリオ海賊団の海賊旗が見えた。海軍の船に気付かれず、時間ぴったりにこの崖の下に待機しろと言う無茶な要求を無事にやり遂げてくれた訳だ。
「間に合いましたよ!さあどうぞ!」
副船長のエトワールが舵を握りながら、この無茶な要求に対しての文句を溜め込んでいる顔を向ける。おうおう、文句なら後で幾らでも聞いてやらぁ。
「アレに飛び移れと言うのか?この高さを降りろと?」
メーヴォが当然のように抗議するが、軍の銃撃が始まってそうも言っていられなくなった。
「俺と俺の仲間を信じろ!そしたら供物にお祈りしな!」
「……くそっ!」
悪態を吐きながらも、メーヴォは俺の横に並んで塔の端に上った。
「いっせぇの!」
掛け声に合わせて、俺たちは石煉瓦の壁を蹴った。その背に海軍の兵士たちのどよめきを聞きながら、風を纏って俺たちは船めがけて落下していった。
ぶふわ、と本当に風が下から俺たちを包んで落下速度を殺し、パンパンに張ったセイルへと着地、滑るように風に乗って俺たちは甲板へと到着した。その時のメーヴォの顔を見たか!眼鏡の奥の大きな瞳がこぼれ落ちそうだった。
「……何が起こった」
「何って、アイツの吐息に乗って降りてきたんだよ」
アイツ、と指差したところに、顔を真っ赤にして倒れ込む船医マルトがいた。巨人族にして風の魔法に長け、超人的な肺活量を持つ男の吐く息と風の魔法で、俺たちは受け止められたと言う訳だ。
「……は、はは……何てやつらだ」
メーヴォの苦笑を後目に、俺は高らかに声を上げた。
「行くぜ野郎ども!撤退だ!沖に向けて舵を取れ!」
夕日が沈み掛けた大海原へ海軍が追う間もなく、新たな船員を確保したヴィカーリオ海賊団は出航した。
第一話 おわり
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