事件記者久美子・二十三才6-9

「あわわわわ……」

 大きく両目を見開きながら、ブルブルと我が身を震わせる久美子。

 硬直した両足が、その場でしっかと根を下ろす。

 襲来する鉄の塊乗用車のボディが、彼女の心身を一時的な金縛り状態へと陥れたのだ。

 ここから逃げ出したいという気持ちに反し、怖じけた肉体がそれを拒否した。

 あってはならない裏切り行為だった。

 戦慄が、脈打つ心臓を鷲掴みにする。

 そんな久美子の傍らを、次の瞬間、一陣の風が吹き抜けた。

 ヴェールのかかった中空を、黄金色の髪が鮮やかに斬り裂く。

 それは白銀の騎士だった。

 わずかばかりの鎧をまとった、凜々しくも美しい戦乙女ワルキューレ

 彼女は、有無を言わせず久美子の前に陣取ると、低い姿勢で力を溜めた。

 左腰に携えられた棒状の装備へ、鯉口を切るがごとくに手を添える。

 そして無人のクルマが間合いに入ったその刹那、奇声とともに一気にそれを抜き放った!

「えェェェィやァァァァァァッ!!!」

 居合い抜刀術!

 乙女の右手が左の腰から翻ると同時に、青白く輝く光の刃が半月状の軌跡を描く。

 高出力エネルギーブレードだ!

 重量一トン半はある乗用車の車体が、宙に舞ったまま真っ二つとなった。

 その左右に分かれた前部と後部のそれぞれが、久美子たちのはるか後方にて重低音を生じさせる。

「またつまらないものを斬ってしまったわ」

 振り向きもせず得物を腰に携え直した女戦士。

 その背中に見覚えを感じた事件記者が、恐る恐るといった風情で口を開く。

「あの……」

 彼女は尋ねた。

「もしかして、シーラさん?」

「怪我はなかった? 久美子さん」

 その問いかけに戦乙女は、向き直ることで答えを返した。

 深く透き通った碧眼ブルーアイと、輝く滝のごとき金色こんじきの髪。

 そして、リアルとはほど遠くさえ見えてしまう超絶のプロポーション。

 およそまともではないコスチュームを身にまとっているとはいえ、それはあの雪姫シーラ以外には考えられない容姿だった。

 というより、これだけの完璧超人がそうポンポンと実在してもらっては、活躍中のモデルや女優が存在意義を失いかねない。

 凜と背筋を伸ばしながらモデル立ちする、アニメと見間違わんばかりの美少女。

 そのスタイルを呆然と眺めていた久美子が、たっぷり数秒の時間を置いたあとで口を開いた。

「シーラさん……あなたも変身できたんだ……」

「成り行き上仕方なくねッ!」

 わざとらしく髪をかき上げシーラは言った。

「本当はさ、人前でこんな格好するなんて恥ずかしくって恥ずかしくって仕ッ方なかったんだけどさ、事情が事情だからやむを得ずってわけ。つまりこれは、いわゆるひとつの『緊急避難』って奴なのよ。わかります? キ・ン・キュ・ウ・ヒ・ナ・ンッ! こんな役目、もし誰かに代わってもらえるものなら即行代わってもらいたいものだわッ!」

 どこか作られた感じのする、そんなシーラの嫌悪発言。

 それを受けた久美子が、ぽーっと両目をとろけさせつつ言葉を紡いだ。

「なんてうらやま……」

「何か言いましたかッ!?」

「い、いいえッ! なんにも言ってませんッ!」

 幻夢郷に片足を突っ込んだ女性記者を感情的に一喝した美少女は、続いてくるりと回れ右する。

 その眼差しの向いた先には、巨大な魔人と悪戦している宇宙刑事の姿があった。

 腹筋に力を込め彼女は叫んだ。

「雷牙ッ!」

「シーラさんッ!」

「こっちのほうは、あらかた片付いたわ! もう大丈夫よ! 思いっきりやっちゃいなさいなッッッ!」

「了解しましたッ!」

 魔人が繰り出す憎悪の視線を敢然とはね除け、黄金騎士は胸を張った。

 そして、裂帛の気合いとともに獅子吼するッ!

「ドラゴニックブラスターァァァァァァッッ!」


 ◆◆◆


 最初の変化が生じたのは、この地よりはるか離れた海の底でのことだった。

 いわゆる「七つの海」と呼ばれる大洋の深み。

 その深淵で、長きにわたって沈黙していた鋼鉄の意志が、それぞれ同時に目覚めの刻を迎えたのだ!

 それは、神話で語られし名を持つ合計七体の「巨人」たちであった。

 大西洋からは「ファフニール」が、

 地中海からは「レビヤタン」が、

 カリブ海からは「ケツアルクアトル」が、

 メキシコ湾からは「ウンセギラ」が、

 太平洋からは「オウリュウ」が、

 インド洋からは「ヴリトラ」が、

 北氷洋からは「ミドガルズオルム」が、

 波打つ海面を突き破り、秒速三十万キロの光の帯となって上空高く駆け登って行く!

 秒を経ずして、それらの「巨人」は、おのが主轟雷牙の膝下に集結。

 次々と合体変形を繰り返し、我が身をもってひとりの「巨神」を形作った!

 逞しい腕。

 太い脚。

 重厚な胸板と引き締まった腹部。

 その形容は、戦う「おとこ」、「戦士」のそれを模したものだと断言できる!

 雄々しい表情を湛える「巨神」の頭部。

 その額には、エメラルドカラーのクリスタルが燦然とした輝きを放っていた。

 それを認めた宇宙刑事が、掛け声一閃、大地を蹴る!

 軌跡を残して飛び込む先は、煌めく宝珠の中心だ!

 クリスタルから伸びる導きの帯が、彼の身体を胎内に誘う!

 融合が完了!

 透明感ある緑の光がルビーの赤へと一変した!

 上部に伸びた一本角が扇のごとく左右に展開!

 フェイスガードが勢いよくクローズ!

 後頭部に燃え上がった紅蓮の炎が、深紅のたてがみとなって風にそよいだ!

 両の拳を腰の高さで不敵に震わせ、はがねの武神が天に向かって轟吼する!


『翔龍機神ッ! ゴゥッ! ラィッ! ガァァァァァァッッ!!!』


 ◆◆◆


「今度はなんだッ!」

「自衛隊の新兵器か何かかッ!?」

「ネットで見たことあるぞ、アレッ!」

 突如として来臨した、身長数十メートルに達する逞しき「巨神」

 は、驚きに満ちた住民たちの視線をことごとく釘付けとした。

 それは、紛れもなくくろがねの「武神」であった!

 戦うために生まれてきた、天下無双の「闘神」であった!

 わき起こる様々なざわめきをその背に受け、鋼鉄の戦士スパルタクスはその人差し指を魔人に向かって突きつけた。

『「力」を欲するがあまり、「力」の奴隷と化してしまった哀れな男よ! おまえたちのような「力」の崇拝者は、同じ「力」で打ち倒されればこの世に悔いは残すまい! それがせめてもの手向けだッ! その邪悪な爪が人々を傷付ける前に、このゴーライガーがおまえの命脈を完全に絶つ! さあ、いますぐ覚悟を決めるがいいッ!』

『この……王餓を相手に大言壮語……』

 巨大な犬歯をむき出しにして、魔人は大きく腕を広げる。

『喰らうに……値する。さぞ……美味かろう!』

 次の瞬間、グラップラ=ギガンティックの口腔から怒濤の叫びがほとばしった。

 威嚇などという言葉では到底足りない。

 それはまるで、発せられる音波そのものが武器であるような、そんな制圧力を備えた代物だった。

 だがゴーライガーはびくともしない。

 普通人なら心臓を握り潰されかねないそのプレッシャーを、あたかも微風を味わうがごとくに受け流している。

 魔人の攻勢が始まったのは、その直後のことであった。

轟亜ゴアァァァァァァッッ!!!』

 臓腑を震わす咆吼とともに、グラップラ=ギガンティックが突進した。

 両者の間合いを一気に踏み越え、ゴーライガーに襲いかかる。

 左の蹴撃。

 右の手刀。

 左の正拳。

 それらすべてが、ほとんど同時に叩き込まれた。

 目標は、右の脇腹、左の肩口、そして顔面の中央だ。

 豪快極まる直撃音が、ひとつに重なり大気を揺るがす。

 目にもとまらぬ三連打!

 その効果を確信したものか、魔人の顔が歓喜に歪む。

 しかしその表情も、一瞬だけのものだった。

 三つの有効打をことごとく被弾したはずのゴーライガーに、まるでダメージの兆しが見られなかったからだ。

 動かざること山のごとし。

 びくともしないとはこのことか。

『どうした? 遊びは終わりか?』

 挑発するように武神が尋ねた。その口振りに、強がりの色は微塵も見えない。

『「闘争」とは、おのれの目的を達成するために必要な選択肢のひとつ! そして「力」とは、その選択肢を優位に進めるための道具に過ぎない! おまえはいったい、何のために「力」を欲した!? 何のために「力」を求めた!? 自分の中にその答えを持たない限り、おまえのような輩がこの僕に勝てるわけはないッッ!』

 ゴーライガーの発する言葉に、グラップラ=ギガンティックは激情で応えた。

 歯軋りをひとつ響かせたのち、怒りにまかせて突進する。

 そこにはもう、駆け引きもへったくれもなかった。

 ただただ我が意を通すためだけの、正面突破があるだけだ。

 振り上げられた魔人グラップラ=ギガンティックの巨拳が、うなりを上げて武神ゴーライガーに迫る。

 巨大な破城槌を思わせる一撃だ。

 秘められた破壊力は尋常のそれではあるまい。

 にもかかわらず、鋼の巨神は防御の素振りを見せなかった。

 敵の強打を甘んじて受け止めるがごとく、傲然と胸を反らして仁王立ちする。

 その意図を計りかねたシーラが、思わず悲鳴を張り上げた。

「雷牙ッッ!」

 ゴーライガーが動いたのは、彼女の叫びとほとんど同じタイミングだった。

 図太い巨神の左腕が、電光石火に跳ね上がる。

 あたかも居合いのごとき加速力だ。

 そして次の瞬間、鋼鉄の掌が魔人の顔面を真正面から打ち抜いた。

 完全無欠なカウンターだ!

 グラップラ=ギガンティックの巨体が弾かれたように宙を舞った。

 住宅地の只中に背中から突っ込み、盛大に瓦礫と土煙とを巻き上げながら数百メートルを滑走する。

 この被弾によって魔人の受けたダメージは、深刻すぎるものだった。

 自身の放った渾身の一打に鮮やかなまでの逆撃を被せられたのである。

 これが人間同士であったなら、おそらくここで決着がついていたはずだ。

 しかし、グラップラ=ギガンティックは勝負を投げたりしなかった。

 それがおのれの矜持とばかりに、ふらつく足で立ち上がる。

 ある意味で、天晴れ見事な態度と言えた。

 されど、巨神はそれを認めなかった。

 いやむしろ正しく認めたからこそ、無言のまま、いっさいの手を抜くことなく追撃の意志をあからさまにしたのかもしれない。

 鳩尾の前で向かい合わせたゴーライガーの両の掌。

 その中間に、突如としてバチバチという破裂音をともなう電光が出現した。

 瞬く間に抱えきれない大きさへと成長したそれを高々と頭上に掲げ、鋼の武神は雄々しく叫ぶ!

『ジュラシックサンダーァァァァァァッッ!』

 全身を躍動させながら、巨神の両手がその電光を投擲した!

 目映いばかりの光の槍が、魔人の腹を正面から貫く!

 グラップラ=ギガンティックの口腔から、けたたましい断末魔の叫びが噴出した!

 だが、ゴーライガーは容赦をしない!

『雷神剣ッッッ!!!』

 真上に向かって突き上げられた鋼鉄の拳から、光の球が天空高く放たれた。

 時を経ずして上空に濃密な黒雲が巻き起こる。

 黒雲はすぐさま重厚な雷雲へと変化。

 地上にいる巨神めがけて目も眩まんばかりの轟雷を降らせた。

 そのいかづちを受け止めたゴーライガーの手中に、一本の長剣が現れ出でた!

 剣というにはあまりに分厚く大雑把すぎる、見てのとおりのはがねの塊!

 そんな鉄塊を肩口に構え、魔人めがけてゴーライガーは突進したッ!

『おおおおおおおおおおおおォォォォォォッ!』

 雄叫びを轟かせ、鉄の巨神がおのれの剣を振り下ろす!

『ファイナルッ! エクスプロージョンッッッ!!!』

 斬ッッッッッッ!!!

 すれ違いざまに落下した雷神剣の切っ先が、勢い余って地表を穿った!

 グラップラ=ギガンティックの体表に、輝くひと筋の線が走る!

 次の瞬間、超新星の光が煌めき、小山のような機界獣の巨体が跡形もなく消し飛んだ!

 面積を急速に増した光の筋が、内側から噴出するエネルギーの奔流をいざなったのだ!

 轟音とともに真っ赤な火柱がそそり立つ!

 熱風がッ!

 圧力がッ!

 閃光がッ!

 それらすべてがあたり一面を鳴動させ、同心円状の衝撃波を大地の上に出現させた!

 グラップラ=ギガンティックの最期だ!

 その凄まじいばかりの衝撃波を、鉄の巨神ゴーライガーは、おのが背中で受け止めた!

 紅いたてがみが激しくなびき、風切り音が容赦なく鳴り響く!

 だが、逆手に持った雷神剣を地に突き立てたまま仁王立ちするゴーライガーは、その勇姿を微動だにすらさせない!

 それはまさしく勝利を掴んだ武神の偉容ッ!

 この惑星ほしの守護神たるに相応しい、堂々たる風格そのものであったッッ!


 ◆◆◆


「これを……俺たちにくれるっていうのか?」

 そう震える口で尋ねてくる少年に向かって、オイロケーはなんの感慨も込めることなく、ただひと言、「そうだ」とだけ答えた。

「なぜだッ!?」

 その回答を得た少年──格闘の達人、王餓の息子・範刃が、傍らに立つ美女に対して勢いよく噛みつく。

「なぜ、そんな気になったッ!? を与えて、あんたらは、俺たちにいったい何をさせようっていうんだッ!?」

 範刃の手中には、透明な円筒形の容器があった。

 大きさは、五百ミリリットルのペットボトルと同程度。

 妙に無機質な冷たさが、研究用具を連想させる。

 その内部には、どこか怪しげに見える物体が、文字どおりみっちりと詰まっていた。

 サイズは、それぞれ数センチ大。

 形は、豆類のそれに酷似している。

 だが、毒々しい虹色に輝くその物体を近くでよくよく観察してみれば、不規則に脈打ちながら、時折、ビクビクと蠢いている様が見て取れるはずだ。

 そう。

 これはいわゆる植物の種子ではない。

 動物のサナギなのである。

 範刃は、あらかじめその正体を知らされていた。

 すなわち、これがおのれの父親を巨大な怪物へと仕立て上げた、あの「ネオ機界獣の幼生」であるという恐るべき真実を、である。

 もちろん、妖姫オイロケー少年範刃に伝えていたものはそれだけではなかった。

 彼女はこの若き列強国家のエージェントに対し、あろうことか自陣営の至宝とも言えるネオ機界獣の情報を包み隠さず授けたのだ。

 知的生命体を忌まわしき生体兵器へと変える、ネオ機界獣という科学技術。

 それはいまの地球人類にとって、まさしく悪魔のテクノロジーに等しかった。

 使い方をひとつ誤るだけで、間違いなくこの惑星ほしは存亡の危機に見舞われるだろう。

 どれほど武術に長けているとはいえ、範刃はしょせん十代の少年である。

 いきなり持たされた責任の重さに軽いパニックを起こすのも、まずは自然なことだと言えた。

 しかしである。

 当事者の一端であるオイロケーのほうは、その口振りからことの重大さを認識しているようには思えなかった。

「そんなことを知ってどうする?」

 妖姫は、淡々と諭すように少年へと告げた。

「そもそもそなたらは、我らブンドールの科学力を喉から手が出るほどに欲していたのであろう? ならば、いったい何をためらうことがあるのだ。狂おしいほど求めていたものが、労せず手元に転がり込んできたのだぞ。それはむしろ、喜ぶべきことのはず。それともそなたらは、おのれが掠奪以外の手段では満足を得られぬ、そんな卑しき存在なのだと、ここで自己紹介でもするつもりなのか?」

「いや……そういうわけでは……」

 範刃は、反論できずに口籠もった。

 黙って目を伏せ、恭順の意志をあらわにする。

 それは年相応の少年らしい、なんとも素直な反応だった。

 そんな範刃を目にしたオイロケーが、ふっと妖しく相好を崩す。

 悪戯心が鎌首をもたげたのであろうか。

 「もっとも、理由を聞かねば納得いかない、という、そなたの気持ちもわからぬではない」と楽しげに前置いてから、彼女はきっぱりと言い切った。

「よかろう。それほど知りたくば教えてやろう」

 少年に向かって妖姫は告げた。

「なぜそなたらにそれを渡すのか。その理由はたったのひとつ。そのほうが、いまよりずっと面白いことになりそうだからさ」

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