サミット制圧五分前!5-6

 熱伝導ブレードと雷光剣とが真っ向から激突した。

 ギィン、という耳障りな音があたり一面に轟き渡る。

 およそこの世にあるほとんどの物質を切断しうる悪魔の牙を、しかしオリハルコンの聖剣は屈することなく受け止めた。

 接触する刃と刃が火花を放って悲鳴を上げる!

 銀河を守護する黄金騎士が体格で数倍する魔獣と対峙しているのは、サミット会場の棟と棟とを繋ぐ渡り廊下のその上だ。

 機界獣アサマラムが、つばぜり合いの態勢から覆い被さるようにぐぐっと目方を載せてきた。

 上方から重圧を受け、雷牙の膝がわずかに軋む。

 魔獣は、彼我の体重差を利用することで騎士の動きを封じようと目論んでいるのだ。

「雷牙ッ!」

 強敵に押されているかに見える居候に向け、反射的にシーラが叫んだ。

 その眼の中に、不安と憂慮の曇りが宿る。

 アサマラムの左腕が動いたのはその時だった。

 左右の腕にそれぞれあるアサマラムの熱伝導ブレード、その空いている側の一方が大きく頭上に振り上げられた。

 目指す意図は明白だ。

 眼前で釘付けにしている雷牙の胴を、これをもって一気に薙ごうというのである。

「くッ!」

 雷光剣がわずかに傾き、宇宙刑事は真上から押し込んでくる熱伝導ブレードの圧力をおのれの左に受け流した。

 アサマラムの体勢がわずかに崩れる。

 その一瞬の隙を利用し、雷牙は大きくバックジャンプ!

 敵の間合いから距離を置く。

 空を切ったかに見えた熱伝導ブレードが、そのまま渡り廊下を直撃した。

 分断され瓦解したコンクリートの塊が、地表に落ちて砕け散る。

 恐るべき切れ味だ!

 足場の崩壊を避け再度別棟の屋上に跳躍した宇宙刑事を、アサマラムが電光石火に追撃する。

 二本の魔剣が立て続けにスイング!

 その切っ先が、雷牙の至近を連続して通過した。

 目にも留まらぬ斬撃である。

 鋭い音とともに空気自体が斬り裂かれていく。

 暴風のごときその連撃!

 いつまでも躱しきれる代物でないことは明らかだった。

 というより、雷牙がこれを躱しきれている現実そのものが奇跡にさえ思える。

「ふははははは」

 戦況を観察していたカーネル=ザンコックが、なんとも誇らしげに高笑いした。

「その機界獣アサマラムは、かつて貴様と戦ったヘルアリーの強化版だ。その反応速度はヘルアリーと比較して四割増し。これまで開発された機界獣の中でもトップクラスの敏捷性を有しておる。いかに貴様が素早かろうとも、アサマラムのそれに追従することはできまい! おとなしく死ぬがいい!」

 そうザンコックが言うが早いか、アサマラムの熱伝導ブレードが雷牙の頭上に振り下ろされた。

 稲妻のごとき閃光が、縦一文字に空を断つ!

 だがその切っ先は、足元のコンクリートを貫くだけに留まった。

 鋭刃がおのれに到達するよりわずかに早く、宇宙刑事がその場から上空へと跳び上がったからだ。

「莫迦め!」

 カーネル・ザンコックがほくそ笑んだ。

「その程度のことで、こやつの背後が取れるものか」

 黄金騎士の身体が見事な曲線を描いてアサマラムの頭上を越えようとしたその瞬間、機界獣の後頭部にもう一対の目玉が生じた。

 くわっとまぶたを開けたその双眸が敵の姿を捉えるや否や、アサマラムの肩関節が異様な角度で折れ曲がった。

 なんということだ!

 この機界獣は、おのれの表裏を自在に操ることができるというのか!?

 熱伝導ブレードが真上に向かって突き出された。

 まるで対空砲の一撃だ。

 そして、空中にいる雷牙にはこれを避ける術がなかった。

 その軌道が、ただただ物理法則に支配されているがゆえである。

 まさにピンチ!

 典型的な、絶対のピンチであった!

「雷牙ァッ!!」

 それを察したシーラの悲鳴が勢いよく迸った。

 だが、雷牙にはその刺突を漫然と受け入れる意志など毛頭ない。

 彼は叫んだ。

「プラズマブレードッッッ!!!」

 構えられた雷光剣が青白い輝きを放ち始めた。

 我が身を貫かんと迫る魔刃を、宇宙刑事はその聖刃でもって受け止める。

 そして、「なんだとォッ!」というカーネル=ザンコックの驚声を尻目に、彼はその衝撃すらも利用して機界獣のバックに回った。

 すべては織り込み済みだと言わんばかりに滑らかな動きだった。

 俊敏性に優れた機界獣アサマラムであったが、この流れるような一連の挙動を前に一瞬だけだが遅れを取った。

 雷牙の闘志がその隙につけ込む。

 光の剣が突進し、魔獣の身体をいとも容易く貫き通した。

 それは文字どおり致命の一撃だ!

 雷光剣を深々と突き入れながら雷牙は告げる。

「ただ破壊と殺戮しか知らないおまえたち機界獣がッ、導き手の重責を知るこの僕に勝てるわけがないッッ!」

 甲高い悲鳴とともに後退るアサマラムに合わせ剣を引いた雷牙が、その刀身を改めて構え直した。

 額のクリスタルが紅く輝き、雷光剣の発する光がぐんぐんとその明度を増す。

「ライトニングッ! エクスプロージョンッッッッッッ!!!」

 叫ぶや否や、宇宙刑事は頭上に構えた光の剣を勢いよく振り下ろした。

 その切っ先が、空中に縦一文字の軌跡を描く。

 機界獣アサマラムの頭頂から股下にかけて、ひと筋の煌めきが雷光のごとく発生した。

 それはたちまちのうちに面積を広げ、遂に対象の存在を分断するにまで至る。

 機界獣の肉体が左右に分かれて地に堕ちた。

 そのそれぞれが、真っ赤な炎を噴き上げて爆発する!

「おおッ!」

「やった!」

「見事ッ!」

 戦いの行方を注視していた首脳らの口から、次々と感嘆の声が放たれ始めた。

 それは、彼らが黄金騎士の勝利を認めた結果にほかならない行為であった。

 だが、シーラはこれが第二ステージの始まりでしかないことを知っていた。

 「まだです」と政治家たちに冷や水を浴びせ彼女は言った。

「まだ、戦いは終わっていません!」

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、凄まじい振動が皆々の足元を揺るがし始めた。

 轟々と地響きが鳴り、コンクリを打たれた地面に連続して亀裂が走る。

「なんだこれはッ! 地震かッ!?」

 やがて敷地に隣接する湖の水面が激しい渦を巻き始めた。

 とても自然現象とは思えない勢いだ。

 水飛沫が周囲に飛び散り、雨のようにあたり構わず降り注ぐ。

 湖水を浴び、思わず首をすくめる首脳陣の視界に存(・)在(・)が出現したのは、それからひと呼吸置いてからの出来事だった。

 それは、身の丈五十メートルを越える異形の「巨獣」の姿であった。

 人々が想像世界でしか目にすることのできなかった畏怖の象徴。

 外見こそ、先ほど宇宙刑事の手で倒された機界獣アサマラムによく似ている。

 しかし、決定的なまでのスケールの差が、その印象をまったく無意味なものとなさしめていた。

 やがてその全身を衆目の前に現した「怪獣」が、天に向かって轟吼した。

 腹の底に響き渡る吠え声が、爆発的に空気を振るわす。

 凄まじいばかりの威圧感だった。

 そんな代物が冷酷なかまいたちとなって、首脳らの周囲を荒々しく斬り裂いていく。

 ブンドール帝国の科学力が誇る「リザレクトシステム」──それは、ひとたび倒された機界獣を直前の戦闘データを反映した上で拡大再生、改めて悪夢の住人として復活させる驚異のテクノロジーである。

 人類が認知するあらゆる法則をまったく無視したその現実に、高い知性を備えた各国首脳も唖然として言葉を失い、ただただその場に立ちすくんだ。

「莫迦な……」

「これは夢か……」

「おお……神よ……」

『ふぅーはははははッ!』

 半ば恐慌状態へと陥った首脳たちの頭上にカーネル=ザンコックの嘲笑が降り注ぐ。

『なんと愚かな者どもよ。自ら滅びの道を選択するとはなッ!』

 居丈高に彼は言った。

『そして轟雷牙! 我が目論見を妨げた対価、その命でもって支払ってもらうぞ。貴様の首を跳ね飛ばし、総統エビルへの手土産としてくれん! 覚悟せいッ!』

 それは、まともな精神の持ち主であれば嫌でもその心胆を寒からしめる声であった。

 悪魔からの宣告と言えば、その雰囲気が少しでも伝わるであろうか。

 次元を越えた絶対脅威のもたらす根源的な恐怖。

 そんな代物が、いま心臓をも凍らす寒風となって見る者すべてを圧倒した。

 足が震え、歯の根が鳴る──…

 だがシーラは、この場にいる地球生まれの者たちの中で、彼女だけはそんな圧力に屈しなかった。

 そう、この金髪の美少女は知っていたのだ。

 眼前に君臨するあの恐るべき「巨獣」が、決して抵抗不能な暴君でなどではないという証明された真実をである。

 少女の目線が素早く動いた。

 その向けられた先で黄金騎士が凜々しく叫ぶ!

「ドラゴニックブラスターァァァァァァッッ!」


 ◆◆◆


 最初の変化が生じたのは、この地よりはるか離れた海の底でのことだった。

 いわゆる「七つの海」と呼ばれる大洋の深み。

 その深淵で、長きにわたって沈黙していた鋼鉄の意志が、それぞれ同時に目覚めの刻を迎えたのだ!

 それは、神話で語られし名を持つ合計七体の「巨人」たちであった。

 大西洋からは「ファフニール」が、

 地中海からは「レビヤタン」が、

 カリブ海からは「ケツアルクアトル」が、

 メキシコ湾からは「ウンセギラ」が、

 太平洋からは「オウリュウ」が、

 インド洋からは「ヴリトラ」が、

 北氷洋からは「ミドガルズオルム」が、

 波打つ海面を突き破り、秒速三十万キロの光の帯となって上空高く駆け登って行く!

 秒を経ずして、それらの「巨人」は、おのが主轟雷牙の膝下に集結。

 次々と合体変形を繰り返し、我が身をもってひとりの「巨神」を形作った!

 逞しい腕。

 太い脚。

 重厚な胸板と引き締まった腹部。

 その形容は、戦う「おとこ」、「戦士」のそれを模したものだと断言できる!

 雄々しい表情を湛える「巨神」の頭部。

 その額には、エメラルドカラーのクリスタルが燦然とした輝きを放っていた。

 それを認めた宇宙刑事が、掛け声一閃、大地を蹴る!

 軌跡を残して飛び込む先は、煌めく宝珠の中心だ!

 クリスタルから伸びる導きの帯が、彼の身体を胎内に誘う!

 融合が完了!

 透明感ある緑の光がルビーの赤へと一変した!

 上部に伸びた一本角が扇のごとく左右に展開!

 フェイスガードが勢いよくクローズ!

 後頭部に燃え上がった紅蓮の炎が、深紅のたてがみとなって風にそよいだ!

 両の拳を腰の高さで不敵に震わせ、はがねの武神が天に向かって轟吼する!


『翔龍機神ッ! ゴゥッ! ラィッ! ガァァァァァァッッ!!!』


 ◆◆◆


「おお……闘神ファイティングゴッド……」

 轟臨したその勇姿を目の当たりとした首脳陣は、皆一様に大きくその目を見開いた。

 それは、文字どおりの「巨神」だった!

 誰の目にもそれとわかる、身長数十メートルに達する鋼鉄の「武神」だった!

『カーネル=ザンコック!』

 鋼の指先を魔獣に突き付け、は大音量で宣言する。

『おまえの野望もこれまでだッ! このゴーライガーがいる限り、邪な企みが形を成すことなどあり得ないッ! 人々の導き手を脅し、あまつさえ罪なき民を非道な手段で支配しようとしたその過ち、この場において償ってもらうぞッッ!!』

『面白いッ!』

 それを聞いた威丈夫カーネル=ザンコックが、不敵な笑いを口元に浮かべる。

『ならばその大言壮語、このアサマラム=ギガンティックが封じてくれようッ!』

 命令一下、魁偉な巨獣アサマラム=ギガンティックは眼前の巨神ゴーライガーめがけて脇目も振らず襲いかかった。

 図太い両足が地面を踏み締めるたび、周囲を揺るがす地響きが発生する。

 巨大な熱伝導ブレードが、絶え間のない斬撃をゴーライガーに送り込んだ。

 間合いを制してその直撃を回避する巨神であったが、すべての切っ先を防ぎきることはできない。

 これまでの戦いで傷ひとつ付けられたことのないゴーライガーの装甲に、たちまち無数の切れ目が生じた。

 その様子を認めたカーネル・ザンコックがコックピットの中で嘲笑する。

『そらそらどうした、宇宙刑事』

 口の端を吊り上げ彼は言う。

『このアサマラム=ギガンティックのブレードに切れぬ物など存在しない。それは、翔龍機神の防御装甲とて例外ではないのだッ! いまからそれを証明し、我が武人としての誉れのひとつとしてくれんッ!』

 だが、その嘲りに巨神もまた嘲りでもって応えた。

『大層な自信だな、カーネル=ザンコック。こんな掠り傷を付けただけの成果が、それほどまでに嬉しいか?』

 挑発するように彼は告げた。

『だったら撃ってくるがいい。このゴーライガーを倒せるというその一撃をッ!』

『よくぞ言った!』

 それに乗ったカーネル=ザンコックが、獣のごとく吼え猛る。

『望み通り、真っ二つにしてくれようぞッッ!』

 アサマラム=ギガンティックの両腕が、左右同時に振り上げられた。

 二本の熱伝導ブレードが対となって白熱する。

 それは、まるで魔王の掲げし大剣のごとしだ。

 そのような代物を頭上に構えた邪悪な巨獣は、次の瞬間、眼前の敵手に向かって一気にそれを振り下ろした。

 ゴーライガーの頭頂めがけて唸りを上げて魔刃が迫る!

 だが!

 だがしかし!

 その鋭刃は、目指した目標を捉えること叶わなかった。

 なぜならば、勢いよく振り下ろされた魔獣の刃は左右から機を同じくして合わせられた鋼鉄の掌により見事挟み込まれ、真っ向よりその動きを封じられてしまったからである。

 真剣白刃取り!

 およそ達人でなくては実行できぬ、対刀剣用の防御法だ!

「なんだとォォォォォォッ!」

 カーネル=ザンコックは叫んだが無駄であった。

 その絶叫が終わらぬうちに、巨神の膂力は苦もなく巨獣を投げ捨てる。

 負荷に耐えきれず、二本の熱伝導ブレードが音を立ててへし折れた。

『大言壮語を封じられたのはそちらのほうだったな』

 湖水の中央に叩き込まれた魔獣に対しゴーライガーは宣告する。

『今度はこちらから行くぞッッ!!』

 弓を引くように力を込めた巨神の拳が、その内側より目映い光を放ちだした。

 それはたちまち右前腕を覆い尽くし、直進する打突に沿って彗星のごとき尾を描く。

 雄叫びとともに巨神が叫んだ!

『ストライクテェェェリオォォォッス!』

 輝く拳がアサマラム=ギガンティックを直撃した!

 咄嗟にガードしようと交差した両腕をふたつ合わせて粉砕し、深々とその顔面を抉り込む!

 アサマラム=ギガンティックのコックピット内部におびただしい量のスパークが走り、それを受けたカーネル=ザンコックの口腔から『ぶゥゥゥるゥあァァァッ!』という絶叫が迸った!

『とどめだッ!』

 だが、ゴーライガーは追撃の手を緩めない!

『雷神剣ッッッ!!!』

 真上に向かって突き上げられた鋼鉄の拳から、光の球が天空高く放たれた。

 時を経ずして上空に濃密な黒雲が巻き起こる。

 黒雲はすぐさま重厚な雷雲へと変化。

 地上にいる巨神めがけて目も眩まんばかりの轟雷を降らせた。

 そのいかづちを受け止めたゴーライガーの手中に、一本の長剣が現れ出でた!

 剣というにはあまりに分厚く大雑把すぎる、見てのとおりのはがねの塊!

 そんな鉄塊を肩口に構え、魔獣めがけてゴーライガーは突進したッ!

『おおおおおおおおおおおおォォォォォォッ!』

 雄叫びを轟かせ、鉄の巨神がおのれの剣を振り下ろす!

『ファイナルッ! エクスプロージョンッッッ!!!』

 斬ッッッッッッ!!!

 すれ違いざまに落下した雷神剣の切っ先が、勢い余って地表を穿った!

 アサマラム=ギガンティックの体表に、輝くひと筋の線が走る!

 次の瞬間、超新星の光が煌めき、小山のような機界獣の巨体が跡形もなく消し飛んだ!

 面積を急速に増した光の筋が、内側から噴出するエネルギーの奔流を誘いざなったのだ!

 轟音とともに真っ赤な火柱がそそり立つ!

 熱風がッ!

 圧力がッ!

 閃光がッ!

 それらすべてがあたり一面を鳴動させ、同心円状の衝撃波を大地の上に出現させた!

 アサマラム=ギガンティックの最期だ!

 その凄まじいばかりの衝撃波を、鉄の巨神ゴーライガーは、おのが背中で受け止めた!

 紅いたてがみが激しくなびき、風切り音が容赦なく鳴り響く!

 だが、逆手に持った雷神剣を地に突き立てたまま仁王立ちするゴーライガーは、その勇姿を微動だにすらさせない!

 それはまさしく勝利を掴んだ武神の偉容ッ!

 この惑星ほしの守護神たるに相応しい、堂々たる風格そのものであったッッ!


 ◆◆◆


 そんな巨神の背後に太く濛々と立ち上る黒煙の柱。

 その只中から一機の飛行物体が飛び出していったのは、爆発による衝撃がひと段落したと思われた、まさにその瞬間の出来事だった。

 それは、アサマラム=ギガンティックに搭載されていた小型の脱出機であった。

 戦いの敗北を悟ったカーネル=ザンコックは、おのが身の安全をその小さな航空機に委ねていたのである。

「やりよるわ、宇宙刑事」

 軍人風の威丈夫は手前の操縦桿を巧みに操りながら、その場で敵手を賞賛した。

 だがしかし、その表情は明らかな敗者のそれに見える。

 溢れ出る屈辱を必死になって噛み殺しながら、吐き捨てるように彼は言った。

「だがおぼえておくがいいッ! このザンコック、必ず貴様に報復するッ! この次に会った時こそ、我が新しき作戦をもって貴様に苦渋を飲ませてやろうぞッ!」


 ◆◆◆


「これは夢か……それとも幻か……」

 とても現実のものとは思えない光景を目撃した各国首脳は、しばしの間、あたかもマネキン人形のように力なくその場で立ち尽くしていた。

 直面した凄惨なリアルを、その大脳新皮質が認識するのを拒んでいた。

 それも、ただのひとりの例外もなく、である。

 だが、それでも彼らはやはり政治家であった。

 一国の頂点として民草を率いる、超一流のリアリストたちであった。

 首脳たちの精神は、目の前で展開したこの事実からなんとかして有益な情報を引っ張り出そうと奮戦し続けた。

 実効性のある何かを導き出さんとして、全力を尽くした。

 にもかかわらず、彼らがこの状況からおのれ自身を取り戻すのには、もう少しだけの時間が必要であった。

 残念ながらこの時、彼ら世界を動かす九人の首脳トップパワーたちは、市井にいる一般民衆と大差ない精神レベルにあったものと断言して構わなかった。

 そんな彼らのもとへ戦い終えた宇宙刑事・轟雷牙が歩み寄ってきたのは、戦闘の終結から数えて若干の時間が過ぎ去ったあとのことであった。

 黄金色のブーストアーマーを解除し、地味な背広姿に戻ったひとりの若者。

 その存在にいち早く気付いたシーラが、ぱっと表情を輝かせて右手を挙げた。

「雷牙!」

 彼女の声に反応して、十八個の瞳が青年を捉えた。

 だが雷牙は首脳陣からの向けられた眼差しをほとんど無視し、真っ先にシーラの無事をこそ喜んだ。

 率直な言葉で彼は尋ねる。

「お怪我はありませんでしたか?」

「見てのとおりよ」

 宇宙刑事の問いかけに対し、鼻高々に少女は答えた。

 小さくガッツポーズを繰り出して、自身の成果を強調する。

 豊かな胸を突き出して、両手を腰に彼女は言った。

「マジで凄いのね、この衣装ブーストアーマーって。おかげで全然楽勝だったわ。ありがとう! とりあえず、恩に着といてあげるわ!」

「そうですか。それは良かった」

 朗らかに雷牙は笑ってシーラに告げた。

「では、そろそろ戻るとしましょうか。明日はまた学校がありますからね」

「待ちたまえ!」

 意気揚々と踵を返す青年と少女。

 そのふたりに対し、この場にいる者すべてを代表し矢部新蔵氏が声を掛けた。

 日本国の首長として、いや世界中の国家指導者の代表として、矢部氏は率直な質問を彼らに放つ。

「君は……君たちはいったい何者なんだ?」

 振り向きざま、そんな矢部氏に青年が応じた。

「名乗るほどの者ではありません。ただ──」

「ただ?」

「ただ、ブンドールと戦う者だ、とだけおぼえておいていただければ結構です」

「ま、そういうことですので~」

 しらっと答えた雷牙のそれにシーラが陽気な添え物を加えた。

「またお会いすることがあれば、その時はよろしく~」

 唖然として言葉を失った矢部氏は、それ以上の追及を口にすることはなかった。

 そしてそれは、ほかの首脳たちにしてもまた同じことであった。

 この時点での彼らはまだ「政治家」に戻っていなかったのだから、そうした反応もまたやむを得ない部分があった。

 そんな首脳陣に向かって、満面の笑みを浮かべたシーラがぱたぱたと右手を振った。

 理由こそ判然としないが、随分とご機嫌なことだけは明らかな様子だ。

 次いで少女は足を止め、おもむろにふっと左右のまぶたを閉じた。

 知らぬ間に記憶へと刻まれたマニュアルに従い、何事かを成し遂げようと念を込める。

 続く刹那、彼女の豊かな金髪がふわりと宙に浮かび上がった。

 そのグラマラスな肢体の周囲で目映いほどの光の粒が発生する。

 それは、なんとも幻想的な眺めであった。

 まるで水面を埋める蛍の群れだ。

 普通なら、それは見惚れるばかりの光景であったのだろう。

 しかし別の立場にある者から見れば、それは断じて阻止すべき光景でもあった。

 少女が果たして何を試みようとしているのか。

 それを察した宇宙刑事が、「あッ!」っと大声を張り上げた。

 咄嗟に右手を大きく伸ばし、制止の言葉を投げ付ける。

 目を見開いて彼は叫んだ。

「駄目です、シーラさん、それ以上はッッッ!!!」

「え!?」

 きょとんとした顔付きでそんな叫びを耳にしたシーラの体表から、繊細な煌めきのヴェールが音もなく消え失せていった。

 無数の粒子に隠されたシーラの身体の輪郭が、たちまちのうちに明確なそれへと移り変わる。

 そう。

 彼女は自身が身に着けていた疑似ブーストアーマーから、おのれ自身を解放しようとしていたのだ。

 それは事の是非だけを問うならば、特に非難されるような行いではなかった。

 装着している武具を、必要がなくなったので我が身から外す。

 その判断自体に、何か問題があるようには思えなかった。

 部外者百人にそれへの同意を求めたならば、おそらく百人全員が迷わず「そのとおりだ」と答えただろう。

 されどこの時、少女はすっかり失念していた。

 何を、か?

 適切なプログラムが施されていないまま解除されたブーストアーマーが、装着者の身の上にいったいいかなる状況をもたらすのかを、である。

 そして、そんな彼女がすべての事実に気付いた時、事態はもう取り返しの付かないところまで進展してしまっていた。

 あちゃ~ッ、とばかりに手で顔を覆う宇宙刑事。

 その振る舞いにただならぬ雰囲気を感じ取ったシーラは、恐る恐るおのれの出で立ちへと目を向ける。

 悲劇はその瞬間に訪れた。

 激しいショックが彼女の後頭部を一撃する。

 ああ、なんと過酷な現実だろう。

 あろうことかそこで少女が目にしたものとは、文字どおり一糸すらまとわぬ、生まれたままの我が身の姿であったのだ!

 思考が瞬時にホワイトアウトし、ひくっとその丹精な口元が吊り上がった。

 秋の避暑地を吹き抜ける微風が、乙女の柔肌を優しく優しく愛撫する。

 一秒、二秒、三秒──…

 沈黙がしばしの時を刻んだのち、鬼のような羞恥心がシーラのすべてを押し流した。

 制御不能な激情が、膨れあがって爆発する!

「嫌ァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!!!」

 間を置かず、北の大地に少女の悲鳴が轟き渡った。

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