サミット制圧五分前!5-5

「宇宙刑事ッッ! ライガァッッ!」

 閃光とともに出現した黄金騎士が奇怪な魔獣との戦闘に突入した時、それを目の当たりとした各国の首脳たちは、目を見張り立ちすくむほか為す術を持たなかった。

「あれは……『異星からの戦士エイリアンソルジャー』」

 知識としては知らされていたが実際には欠片も信じていなかった存在を現認し、彼らは皆一様に我が目を疑い、それまで培ってきた常識というものを訝しんだ。

 そんな首脳陣をシーラが一喝してみせたのは、それから一秒も経たないうちの出来事だった。

 「何やってるんですかッ!」と振り向きざまに叫んだ少女が、自分の三倍は生きてきたはずの政治家どもを面と向かって怒鳴りつける。

「いまあなたたちがやらなくちゃいけないことは、そんなところに突っ立ってることじゃないでしょッ! 少しでも国民の代表って立場を理解してるんなら、全力で生きる努力をしなさいよッ! あなたたちの人生はねッ、もうあなたたちだけのものじゃないんだからッ! そうよ。いったん政治家って奴になっちゃった限りは、その人生、嫌でもわたしたち納税者のために使ってもらうわ! わかった!? わかったら、つべこべ言わず駆け足始めッ! 急いでッ!」

 勢いというものは実に恐ろしい。

 それなりの地位にある人間であれば、格下の者からこのような言われ方をされようものなら「なんだその口の利き方は!」と激怒するのが普通であろう。

 無論、発言者がまだ未成年の女性であるかどうかに関わらず、だ。

 だがこの時、シーラの喝は寄り集まった権力者たちを突き動かした。

 それも国家の首脳、国際政治の上位を占める特記すべき政治家たちをである。

 それは、魔法としか言いようのない現実だった。

 後陣を確認することもせず階下へと向かう少女の背中を、首脳陣は列を成して追いかけた。

 誰ひとりとして、その行動に疑問を挟む者はいなかった。

 ふたりのザッコスどもがその前途に出現したのは、彼女らがちょうど階段を降り終えようとする、まさにその寸前のことだった。

「邪魔よッ!」

 両手を広げて迫り来る黒尽くめの怪人に向け、シーラはすかさずファイヤーマグナムの銃口を向けた。

 くろがね色の直方体から姿を変えたその拳銃は、少女の指が引き金を引くと同時に装填された弾丸を轟音とともに吐き出した。

 ザッコスどもの至近距離にオレンジ色の火球が生まれた。

 爆音と爆風とが巻き起こり、ふたりの怪人が弾けたようになぎ倒される。

 とんでもない威力だ。

 最新型のハンドグレネードでもここまでの効果は生み出せまい。

 ひゅーッと甲高く口笛を鳴らしたシーラが手応えを感じてガッツポーズ。

 これなら行ける、と自分自身に言い聞かせ、なお行き足を速くして先へと向かう。

 そのさなか、立ち向かってきたザッコスどもをファイヤーマグナムで次々と一掃しながら、シーラたちは一階の入り口ホールに到達した。

 ここを抜けて建物の外に出れば、一気に行動の自由度が増す。

 安全区域までひと走りとまではいかないが、もしかしたら生き残りや増援の警備陣に脱出の協力をしてもらえるもしれない。

 そんな一行の正面に、またしてもザッコスどもが立ちはだかった。

 その人数は十人を超える。

 ここから先へは行かせぬとばかりに、彼らは階段の降り口で壁を造った。

 腰を落として面々を待ち構える。

「莫迦ね。何度現れても同じことよ」

 嘲るようにシーラは言った。

「これでも食らっておとなしくしてなさいなッ!」

 シーラの指がトリガーを引く。

 が、ファイヤーマグナムの銃口は沈黙したまま火を噴かない。

 何が起こったのかは瞭然だった。

 弾切れだ。

 調子よく発砲し続けていた金髪娘は、あろうことかその総弾数が七発であるという現実をころっと忘却していたのである。

 それは文字どおり致命的な失策だった。

 彼女の表情から音を立てて血の気が引く。

 そんな少女の雰囲気を素早く察し、同性であるドイツ首相・ダニエラ=メンゲルが「大丈夫ですか?」と弱々しく声を掛けた。

 しかし、そのあからさまな苦境をシーラの口があえて説くようなことはなかった。

 「下がっててください」と振り向きもせず片手を振ると、彼女は意を決したように左手を構える。

 その甲にはめられた白銀のブレスレットには、ルビーの赤がきらびやかな輝きを放っていた。

 もはや、何事かをためらえる状況ではなかった。

 使えるものであればなんだって使う。

 そうしなければ、いまの事態は打破できない。

 少女の瞳に炎が宿った。

「やったろうじゃないのよ!」

 覚悟を定めて呟くと、次の瞬間、全身に力を込めたシーラは腹の底から絶叫する。

「りゅーじんへーんッッッッッッ!!!」

 次の刹那、少女の足元から目映いばかりの光の柱が屹立した!


 ◆◆◆


 解説しよう。

 雪姫シーラがバトルスタイルに龍神変するタイムは、わずか百分の五秒に過ぎない。

 では、その変身プロセスをスローモーションで再現する。

「りゅーじんへーんッッッッッッ!!!」

 左腕を前に構えた美少女がそう叫ぶと同時に、ブレスレットに埋め込まれたダミークリスタルが共鳴を開始。

 銀河中央で宇宙刑事警察機構を統括するミラクルコンピュータ・ギャラクシーと、時間差なしでのリンクを果たす。

 地球最高の電子頭脳が一兆年かかる計算をコンマ一秒以下で完了するそれは、完璧なリアルタイムでもって状況を把握。

 彼我の戦力を瞬時に判断・分析し、シーラに貸し与えられた雷牙の力、その使用申請をためらうことなく受け入れた。

『承認。疑似ぶーすとあーまー、戦闘もーど起動シマス』

 一瞬も間を置くことなく、ギャラクシーからの認可を得たダミークリスタルが異次元スペクトルによるフィールドを形成した。

 フィールド内部を亜空間と直結させることで、平衡時空に待機している装甲強化服・ブーストアーマーを使用者のもとへ召喚するためだ。

 強力な力場の発生が少女の着衣を分子レベルで粉砕!

 空間を強引に引き裂きつつ出現した無数のプロテクターが、生まれたままのシーラの肢体をたちまちのうちに覆い始める!

 周囲に輝く白い光が少女の額で赤い宝石状に凝固!

 凜々しき風格もあらわに、白銀の女戦士が完成した!

 その姿こそ、戦士とともに銀河を守護する勇敢な戦乙女、その佇まいに相応しき代物であった!


 ◆◆◆


「きゃあぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 意図せず閃光に飲み込まれたシーラだったが、悲鳴を上げながら顔を覆っていたのはほんのわずかな間であった。

 光の柱が現れた時と同じくこれまた唐突に消え失せたのち、少女は呆けたようにおのが手を見た。

 手だけではない。

 まるで好奇心に駆られた子供のごとく、形容を変えてしまった自分の身形を目を瞬かせつつ確認する。

「何よ、これェェェッ!」

 その想像を絶する見てくれに、シーラは思わず声を上げた。

 さもあろう。

 いま彼女の身体を覆っているのは、雷牙のそれよりはるかに弱々しい、およそ鎧とは思えない衣装の類いであったのだからだ。

 それは、丈の短いノースリープのジャケットにホットパンツという、なんとも露出度の高い出で立ちだった。

 かろうじて防具とおぼしき装備といえば、バイザーの付いた簡素な兜と曲面を持った肩当てに装飾的な胸甲のみ。

 それ以外は、前腕とすねの部分にそれらしきものが見られるぐらいといったところか。

 こんなものにまともな防御効果を期待しろというのは間違ってる──少なくともこの時、雪姫シーラはそう思った。

 思わざるを得なかった。

 もしかしてわたし、雷牙に一杯食わされたの?

 一瞬だけだが不穏な思いが頭をよぎる。

 だが、彼女がそうした疑念を弄んでいられたのは、さほど長い時間ではなかった。

 眼下に集ったザッコスどもの一部が階段を駆け上り、中段にいるこちらめがけて躍りかかってきたからである。

 青白く放電した電撃ロッドが、先頭のシーラに向かって振り下ろされた。

 やられた!

 咄嗟に彼女はそう思った。

 反射的に両目をつぶり、身体を固めて首をすくめる。

 しかし続く刹那、少女は我が身の異変に気が付いた。

 振り下ろされた電撃ロッドの到着が異様に遅く感じられる。

 ザッコスどもの動きが、まるでスローモーションのようなのだ。

 何?

 こいつら何を遊んでいるの?

 それが最初の感想だった。

 されどシーラには、新たに湧き起こった困惑を払拭している余裕などなかった。

 わざわざ隙を見せているのなら、それを利用しない手などない。

 頭上からゆるゆると落下してくる二本のロッドを余裕で潜り抜けた金髪娘は、軽々と相手の懐に飛び込むや否や、その鳩尾に対し正面から強烈な肘打ちを叩き込んだ。

 でも多分無駄だろうな──そう確信しながらの一撃だった。

 並みの人間に過ぎない自分では、この手の連中にまともなダメージを与えられない。

 そのことは先日、あのネオ機界獣と化したヤクザのひとり黒島の相手をしたおり、身に染みて思い知らされている。

 しかしながらこの時、そんな彼女の予想は完膚なきまでに裏切られた。

 土手っ腹を少女のエルボーで撃ち抜かれたザッコスが、追従する仲間を巻き込みながら階下の床上へと落下していく。

 起き上がってこない。

 一発KOだった。

 あのザッコスが、小銃の弾ですら受け付けぬあの黒尽くめの怪人が、である。

 え?、と当の本人が驚くのも無理はない。

 それは、シーラが自覚していた自分の力量とは、完全にかけ離れたレベルのものであったからだ。

 肘先に残る手応えが現実の結果と合致しない。

 まるで、自分の肉体が自分のものでなくなったような感触だ。

 だが少女がすべてを察するのは、その違和感が形になるのより早かった。

 そうか──にんまりと彼女はほくそ笑んだ。

 これが宇宙刑事の力、轟雷牙の生きる世界なんだ、と。

 異様な高揚感とともに熱いエナジーがシーラの心身に漲ってきた。

 あからさまな猛獣の闘志だ。

 ぐっと上体を前傾させ、歯を剥き出しにして少女は呟く。

「やったろうじゃないのよ」

 彼女は吼えた。

「やったろうじゃないのよッッッ!」

 ダンッ!、と足元を蹴ったシーラの身体が弾丸のように宙を舞った。

 白銀の戦乙女が黒衣の集団に躍り込む。

 その姿はまさに電光であった。

 四肢がひと振りされるたび、黒尽くめの怪人が、ひとりまたひとりと地に伏していく。

 こと格闘センスだけで言うなら、彼女のそれは轟雷牙よりも上かもしれない。

 そう思わせるほどの鋭さが、その動きの中から見て取れた。

 ザッコスどもが明らかに怯んだ。

 半円状の陣形を維持しながら、なお一斉にその輪を広げる。

 そんな彼らをじろりと一瞥。

 シーラはぺろりと舌なめずりした。

 連中の意図は明確だった。逃走の阻止だ。

 こう遠巻きに陣を張られては、シーラが脱出のためその一角を突き崩そうとした際、残った連中に後ろの首脳陣を襲撃されてしまう。

 迂闊な行動は厳禁だった。

 しかし、このままでは千日手だ。

「何か武器は──」

 状況を打破すべく思考を巡らす少女の脳裏に、疑似ブーストアーマーから有益な情報がもたらされた。

 左の腰、その部分に解決の一助となる装備が携えられている──そう、無言の意思が彼女に伝える。

 シーラの右手がそれに触れた。

 それは、長さにして二十センチ余りのスティックだった。

 いや、形状的には「柄」に近い。

 すべてを理解した金髪娘はそれを掴み、腰を落として力を溜めた。

 すわ何事か、と警戒を強めるザッコスどもを前に、大きく一度深呼吸。

 心拍を整え、おのれの中の内圧をじわりじわりと高めていく。

 一秒、二秒、三秒──…

 あたかも膨らんだ風船が限界に達するように、溜め込まれたシーラの「気」が裂帛の気合いとともに炸裂した!

「えェェェィやァァァァァァッ!!!」

 抜刀!

 少女の右手が左の腰から翻ると同時に、青白く輝く光の刃が半月状の軌跡を描く。

 高出力エネルギーブレードだ!

 その煌めきは、瞬時にして正面のザッコスどもを一閃した。

 回避する暇などどこにもない。

 少女らの行く手を阻んでいた黒尽くめの集団は、文字どおりただの一撃によって一掃された。

「おお……サムライガール……」

 首脳の一部から漏れ聞こえてきたそんな感想を背中越しに聞きながら、シーラはエネルギーブレードの柄を左の腰に装着し直す。

 「またつまらぬものを斬ってしまったわ」という芝居がかった口上が、その唇から紡ぎ出された。


 ◆◆◆


 ザッコスどもによる阻止線を粉砕したシーラたちが屋外へと駆け出したのは、それから間もなくのことだ。

 幸いなことに、建物の外に新たな敵勢は配されていなかった。

 彼女と雷牙が先に救出した報道陣ほかの人々もうまくこの場から離れることができたようで、その姿を間近に見ることはなかった。

 だが、これをもってすべての戦いが終息したわけではない。

 まだ肝心要の闘争が残っていた。

 シーラと首脳陣がそのことに気付いたのは、ちょうど彼らが建物を脱し百メートルほどその場から離れた、そんなおりの出来事だった。

 八名の男性とふたりの女性。

 合計して二十の視線が、ことごとくある一点に集中する。

 それらが向かった先は、サミット会場に選ばれた建物、その屋上部分にほかならなかった。

 そこでは、宇宙刑事ライガと機界獣アサマラムによる激闘が、いままさにクライマックスを迎えようとしていたのである!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る