またの名を あやとり名人すないぱー⑥
セイジが歩いていって少ししてから、横手から悠馬達に声をかけるものがあった。
「すみませーん、一緒に写真撮ってくださーい」
指定の体操服を着た女の子達である。悠馬はそれを認めるとにっこりと微笑んだ。
「ええ、構いませんよ」
「きゃ〜っ」
「やったあ」
突然の申し出にも笑顔で対応するあたりは流石である。
――やっぱり応援団ってモテるんだなぁ……。
応援団は一種のステータスである。白衣を纏った男が何割増しかでいい男に見えるように、スノーボードを携えスキーウェアに身を包んだ男達が白銀の魔法に掛かるように、団服を着た応援団もまた通常よりずっとモテるらしい。
一部では応援団をアイドル視しているこういった女の子達もいるわけで、そんな女の子達にもてはやされれば大抵の男は舞い上がるだろう。
団服を着る前から文句なしのいい男である悠馬は既にこんな事にも慣れっこな様子である。そしてらん丸はというと……、
「らん君ー、こっち向いて〜」
「えっ?」
呼ばれた方向に顔を向けると同時にフラッシュが焚かれる。
「きゃあ、カッコええよー。さっすが援団やなー!」
満面の笑顔でそう言ったのは元気に跳ねかえる髪の毛を右耳の後ろでひとつに纏めた少女だった。りりしい眉毛がやや気の強そうな印象を与えるが、同時に人当たりもよさそうな顔だちである。
どうやらこの関西弁の少女は先に現れた女の子達とはまた別口のようだ。
「ほらほら、何しとんねんらん君。アンタも一緒に写るんやで! アタシが撮ったるから、皆で一緒に写りぃや!」
言うなり他人事のつもりでいたらん丸を悠馬と女の子達の輪に入れ、早々と預かったカメラのレンズを覗き込んでいる。
「いやぁ〜、ホンマ二人ともカッコええなー。さっすが応援団やわー。……いくで〜?ハイ、チーズ!」
何回かカメラとポーズを変えての撮影を繰り返した後、関西弁の少女はカメラを持ち主に返していった。
「ありがとうございましたぁ〜」
「ええねんええねん! ほなアタシもう行くな、バイバ〜イ」
にこやかに手を振って去っていく少女。
その姿が人ごみに消えた頃になって、らん丸がポツリと言った。
「……悠馬……」
「ん?」
このときには悠馬は例のごとく残った女の子達と親しげに会話をしていたのだが、胸の前で祈るような形に組んだ両手を小刻みに震わせるらん丸に、何事かと首を傾げてみせる。
らん丸は関西少女の消えていった方向を見つめながら、感極まった声を上げた。
「かっ…………カッコイイだって〜〜〜っ! おれ、来年も援団はいるぅぅ!」
これまで『かわいい』と持てはやされた事は数あれど、面と向かって『カッコイイ』と言われた事は皆無に等しかったのだ。
セイジの傲岸不遜で豪放磊落な姿に『男らしさ』を見出し近付こうとしてきたのも、マスコットキャラクター的存在からの脱却の為である。
――援団効果万歳!!
あまりの感動に目の幅涙を流すらん丸を見て、悠馬はかわいく生まれ育ってしまったこの友達にちょっぴり同情を覚えるのだった。
◇◇◇
らん丸が心の中で万歳三唱をしていたのと同時刻、アイスを交換しに行っていたはずのセイジの前に立ちはだかる者達がいた。
一見、体操服に身を包んだ普通の男子生徒二人に見えるが、ハチマキをしていないのでどこの色団かは分からない。
片方は上背が高くセイジを見下ろす位置に顔があり、もう片方はセイジと同じくらいの背丈でやや細身だ。
細身な方の男が辺りに憚る様子で話しかけてきた。
「《青龍》の応援団員だな」
わざわざ口に出して確認するまでもない事だ。セイジの姿はどこからどう見ても青龍応援団員である。
「オレ達は《銀柳》の応援団だ。お前と争うつもりはない。お前の所の団長に言づてを頼みたい」
「銀団だと……? 団服はどうした?」
「事は内密に運ばなくてはならないんだ。青団と銀団が接触があったことを悟られるわけには行かない」
そう言ったのは右手にいる大男だ。細身な男が更に声を低めて言った。
「銀団は青団に共同戦線を申し込む。緑団は『前夜祭』でほとんど無傷だ。このままでは我々との点数差は歴然としている。互いに協力し合い、奴等の勢いを殺す事を提案する」
聞き捨てならない物騒な申し入れに、セイジの片眉が跳ね上がる。しかし、さしたる反応はそれだけだった。
「裏で手を組めというのか? ずいぶんとあくどい提案だな」
「判断は諸星団長にお願いしたい。伝えてくれ」
「貴様等が本当に銀団の者達だという証拠はあるのか?」
「これを団長に渡してくれ」
大男が手に持っていた物を差し出してきた。
ビニール袋に入った屋台の焼きそばのパックである。白いプラスチックのケースを輪ゴムで蓋しているだけの代物だ。
「渡せば分かる」
じっとセイジの顔を見つめながら言う男に、セイジも視線を外さないままそれを受け取った。
「必ず伝えてくれ」
再度念を押すと、二人の男は背中を向けて去っていったのだった。
◇◇◇
話を聞いた諸星は、低く唸る様な息を吐き出した。
一緒に話を聞いていた悠馬とらん丸も目を丸くしている。
「それで? わざわざ一般生徒に紛れて接触してきたって? 他の団の陽動にしては随分と手が込んでるなぁ」
呆れたような感心したような声で感想を漏らす悠馬。本気で銀団がこんな申し入れをしてきたとは思っていない様子である。
しかし諸星はそれを真剣な口調で否定した。
「いや。それは間違いなく銀団の団員達じゃ。それも個々が勝手に動いたのとは訳が違う。《銀柳応援団》の総意として言ってきた申し入れじゃな」
「どうしてそんな事が?」
断定的な台詞に悠馬が聞き返すと、諸星は目だけで例の焼きそばのパックを指し示した。
「袋からは出さんようにして開けてみぃ」
三人が袋を覗き込みながらそれを開けてみると、中に入っていたのは銀色のハチマキだった。銀団の団服は黒い学ランに銀ラメのハチマキ・たすきという非常に目立つ出で立ちである。
あの二人組はこのハチマキを渡す事で自分達が確かに銀団の者である事を示したのだ。
「同じハチマキに同じ内容の言づてが他に八件届いとるわい。嫌でも連中の本気を見せ付けられるようじゃの」
言づてが確実に青団団長まで伝わること。その為の証拠に確かな信憑性を持たせること。そして自分達の本気を伝える為に、銀団はそれだけの数を仕向けてきた。それは逆に青団と通じていたという情報が外部に漏洩するリスクを多く負う事でもある。
こうなったらもうただの陽動とは思えない。れっきとした同盟の申し込みだ。青団も何らかの形で答えを出さなければならない。
問題があるとすれば、果たして銀団が信用に足る相手なのかということだ。
銀団は昨夜も各団の扇動に攪乱と、術策を駆使してきている。この同盟自体が罠であるという可能性も大いに考えられるのだ。
諸星の横に静かに控えていた陣内がそっと口添えをした。
「ちなみに現時点での我々の被害ですが、昨夜の前夜祭で、トラップにかかったものが9名。頭をまるめられた者が6名。同士討ちが2名。教師に見つかり説教部屋に連れていかれた者が4名、そのうちまだ帰ってこない者が2名。朝から部屋に篭り姿を見せない者が2名。恐らく〈ネコミミ〉の被害者と思われます」
トラップに掛かった者達も、自力で抜け出せないからには教師に助けを求めるしかない。しかし見つかったからには学園側も無事に帰してくれるはずがない。こちらは体育祭にこそ顔を出しているが、説教により性も根も尽き果てたのか、現時点で既にへろへろな状態だ。
かつて類を見ない程の被害の多さは、他でもない銀団による煽動の為と思われる。
加えて〈アップリケ〉の被害者を合わせると、一般生徒の信用を失わせるには十分の、実に半数以上の被害が応援団内で続出していた。
例えば白団の〈バリカン〉など屈辱的なだけで実害が無いようにも思えるが、その姿は一度でも負けたと自分から周囲に主張してしまうようなものなのである。それでなくとも敵の手にかかった者の名は翌日には大々的に知れ渡ってしまう。
ここで再び応援団である青団が緑団に泥を付けられたとあっては《青龍》全体の士気にも関わってくるのだ。
「合戦に参加できないものは4名。第一回戦での我々の持点は、14095点になります。対して銀団の持点は不明、緑団はほぼ全勢力の15000点と考えられますね」
そこまでの報告を聞いた時点で、諸星の腹は決まったようだった。
目を閉じたまま、諸星は静かに呟く。
「密約の証拠が手元にあるのは、あまり得策とは言えんかのう?」
「緑団に銀団を売る訳でないのなら、ここには無い方が良いでしょうね」
なにやら含みのある微笑で答える陣内。
その答えを聞き、青団団長は紛れもない猛将の笑みを浮かべたのだった。
「遣いをやって銀のハチマキを送り届けてやるとするかのう。『承知した』との伝言付きで」
副団長はいつもの如く、静かに一礼をした。
「了解。団長」
◇◇◇
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