戦いは ここから始まる前夜祭⑥
◇◇◇
セイジ達と別れたらん丸は、“一般科”の校舎・木蓮棟に沿って走っていた。
薄暗く追っ手の姿は見えないが、いくつもの足音は確実に自分を追ってきている。そのまま金剛棟校舎との間に挟まれた中庭へと駆け込む。
それぞれの棟に挟まれる四つの中庭はそれぞれが違ったタイプに造られているが、この中庭は花壇と時計台のある華やかな雰囲気が特徴である。
紫団員達はらん丸の行方を見失ったのか、徐々に背後の足音は遠ざかっていった。この調子ならなんとか振り切れそうだ。
その時、突然目の前から人影が飛び出した。ネコミミを取り付けられる恐怖に襲われ、らん丸の全身から一気に血の気が引いていく。反動で、手に持っていた〈着色弾〉を出てきた人影に突きつけていた。
同時にこちらに向けられる銃口。
「あ、あれ……あんた……」
拍子抜けしたような声と共に、らん丸に向けられていた〈着色弾〉が降ろされた。見覚えのあるその顔にらん丸がすかさず叫ぶ。
「ボウズ君!!」
「あのオイラ、いちおー小太郎って名前があるんだけど……」
青団の第一被害者……もとい、ボウズ君がやんわりと訂正しようとするが、すぐにらん丸の異変に気がついた。不審そうにぴょこんと片眉を吊り上げる。
「あんた、何そんなに慌ててたんだ?」
「……いやそれが。今、敵に追われてて……」
「何?! それを早く言え! ほら、早くこっちきて隠れろよ!」
「う……うんっ……!」
手招きするボウズ君に続き、自転車置き場の陰へと身を隠す二人。
離れた場所ではなおもいくつもの足音が聞こえてくる。どうやら向こうはこの辺りの捜索を始めたらしい。意地でも人の頭に〈ネコミミカチューシャ〉を取り付ける気だ。
らん丸とボウズ君は自転車置き場に隠れたまま、こそこそと話し合った。
「相手はどんな武器持ってんだ?」
「………………ね、〈ネコミミカチューシャ〉……」
「――はぁ?」
「………………髪にくっつくと、取れなくなるらしい……」
「ち、ちょっと待ってくれよ!? オイラ今この頭なんだぜ!? このうえそんなもん取りつけられたら大変な事になっちまうじゃんか!!」
思わず声を荒げるボウズ君。らん丸が慌ててボウズ君の口元を押さえ込んだ。
「ボウズ君! しーっしーっ!」
「むがむが……っ」
「おい。今どっかから声が聞こえなかったか?」
遠くから聞こえてきたそんな声に、二人はドキリと身を固くする。
「どどど、どーしよう!?」
「なぁおい、敵って何人くらいいるんだよ!?」
「たぶん……六人」
「なんでそんな大人数に追われてんだよあんた!」
「そんな事言ったって、最初なんて二十人くらいはいたんだよ!? ネコミミ持った大群がぞわぞわと!!」
「こっちだ! こっちから声がするぞ!」
――し……しまった……!!
またいつの間にか大声をあげていたらしい。二人して慌てて口を閉じるが、どうやら遅すぎたようだ。紫団の団員達が続々と中庭へ入ってくる。
「ここから聞こえてきたな」
「中庭か。確かに隠れる場所が多そうだ」
「よし、手分けして探すぞ」
まさに絶体絶命のその時、
「……うっ……うわぁぁぁ!!?」
紫団の一人が悲鳴を上げた。驚く五人の前で、仲間の団員が左足を縄に絡め取られ、空中に逆さ宙吊り状態になったのだ。
「な……なんだこりゃあ……!?」
「大丈夫か! 今助けるぞ!!」
残りの五人が急いで駆け寄ろうとしたとき、今度は五人の足元の地面が大きく崩れ落ちた。
「うおおおおおっ!?」
「なんだぁ〜〜!?」
「い……ててて……」
「お、重い〜っ」
「どうなってんだぁ?」
五人が穴の底から呻き声を漏らす。そこに、新たな気配が現れた。
「お〜〜、掛かってる掛かってる」
「どこの色だ?」
「黒い団服の――紫団の奴等だ」
「総勢六人……。ちょろいな」
ぞろぞろと中庭に入ってきて落とし穴を覗き込んだのは、白いさらしに真っ赤な団服を羽織った逞しい姿の男達だった。逆さ吊りの紫団の団員がグネグネと身をよじりながら新たに現れたその敵を指差す。
「てってめーらは……《赤富士応援団》!!」
穴の中がにわかに騒がしくなった。
「なんだとーっ!? これはお前らの仕業かー!!」
「こんな無駄に深い穴掘りやがって……降りて来い!」
「ってかど〜やって登りゃいいんだよ!? 俺達これからどうすんだ!?」
穴の底から怒鳴りつける紫団の面々に対し、赤団の一人が穴を覗き込み鼻先で笑った。
「実のところ穴掘りに没頭しすぎてそこだけうっかり深く掘りすぎちゃってな。まあ二重トラップ仕掛けてないってことで、それで勘弁してくれよ」
「できるか〜〜〜〜っ!!」
紫団員と赤団員が穴の中と外で繰り広げる言い争いを、らん丸とボウズ君は物陰からわずかに顔を覗かせて聞いていた。薄暗くあまりよくは見えないが、新たにやってきた赤団の団員達の数は、声からして四人。
「なぁ、紫団のヤツら、全員赤団が片付けてくれたみたいだぜ」
「う、うん……」
「でも今度は赤団が四人いるんだよな」
「でもさ、六人よりは少なくなったよ」
「そういやそっか。案外冷静だな、あんた」
ボウズ君が少し感心したようにらん丸を見る。らん丸は何よりも、〈ネコミミカチューシャ〉を持った人達が全員いなくなってくれた事にほっと胸を撫で下ろしていた。
「おい、今度は隣の中庭に戻ってみよーぜ。また何か掛かってるかもしんないからな」
赤団員の一人が言ったその言葉を聞きつけほ〜っと安堵の息をつくらん丸とボウズ君。
しかし、新たな声が入ってきたのはその時だった。
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