落とし穴 スイッチ鉄球てれ屋さん②
それから先の落とし穴にも天井が鉄球で塞がっていたり、岩石で塞がっていたり、闘牛が引っかかって『ブモ~』とか吠えていたりと、罠が作動した形跡の残った道が続く。
「なはははは! 上もずいぶんと手こずっていそうだな!」
至極愉快そうに声を挙げるヤマト。
「泣きながら家の中を駆けずり回っている様が目に浮かぶようだわ!」
「でも、向こうもオレ達みたいにここに落ちてきて、もし鉢合わせでもしたら、けっこーまずい事になんじゃねーの?」
「そ~だよねぇ。向こうは正真正銘“職業・悪者”の人達だし、おれ達ってまだ悪者のたまごだもんねぇ」
「それも問題ない。侵入者が落とし穴に落ちると自動的にこの非常通路とは別の場所に落とされるのだ」
「外敵用の通路ってとこか?」
「そんなところだ。それこそ上とは比べ物にならない程の身の毛もよだち血も凍る様な地獄体験が愚かな侵入者達を迎えてくれるだろう! ある体験者Aの証言によると『ここ三日前後の記憶がない』とのことだ」
「た……体験者A……?」
「すごいなー! 家の人以外の人物を特定して罠にはめるんだ! なんかリーダぁの家ってスパイ映画みたい!」
感嘆するカズサをヤマトが呆れた視線で顧(かえり)みる。
「何を言っている。それではおぬし達も罠に掛かってしまうではないか」
「じゃあ、どうやって見分けてるの?」
「やっぱ武器を持ってるか持ってないかだろ?」
ヒュウガの言葉にもヤマトは小さく鼻を鳴らす。
「そうすると銭形家の人間は全員敵とみなされているな」
考えてみればその通りで、〈十手〉などは文句なしの武器そのものだ。その上武器を使わず特殊能力を持った者達は軒並み入り込めることになる。
それでは一体、どのようにして敵を判別しているのか。
「フッ。答えは簡単だ。敵か否か……それは“床”で見分けているのだ!」
ヤマトはやたら偉そうに人差し指を一本おったてて言って見せた。
「他人の家に土足で上がりこんでくる客などいはしまい。いるとすればそれは“敵”という事だ! ど~だ、実に画期的だろう!」
「確かに、律儀に靴脱いで進入してくる敵なんていないだろーけど……」
なんとなく釈然としないカズサ。判断基準が靴を履いているかいないかの差というのがいまひとつ盛り上がれない。
「おお、そうだ。今は良いが、上へ出る時にはお前達にも変身を解いてもらうぞ」
「このままだと罠に掛かっちまうからだな」
「その通りだ。おいカズサ。なにか扇げるものを出せ」
「あ、うちわあるよ。はい」
カズサがどこからともなく取り出したうちわを受け取りパタパタとあおぎ出すヤマト。歩くたびに額に汗がにじんでいる。
「うむ。便利な奴だな」
「なんか暑くなってきたよねぇ」
「カズサ。ホント、お前の袖の中ってよけーな物しか入ってないだろ」
ヒュウガが半ば呆れた声で聞いてくる。
「そんなことないよ。ちゃんと武器も持ってるもん」
「その武器がまた、ただのオモチャにしか見えないからやっかいなんだよなぁ」
「それをゆーなら何だってヒュウガの武器は〈濡れ手拭い〉なのさ」
「テレビで見た遠山の金さんがカッコよかったから」
そんなことを言い合っているうちに通路はだんだんと温度を増していく。先程までは、ひんやりとした地下独特の空気があたりを包み込みやや肌寒い位だったのだが、今はそれが嘘のように汗ばむ程の熱気が立ち込めている。
「おいヤマト。この非常通路、ほんとに安全なんだろうな」
「どういう意味だ?」
ヒュウガはヤマトからうちわを取り上げると襟元を大きく広げて気だるそうに風を送り込む。
「もしかしたらこのまま気温がどんどん上がってって焦熱地獄になる罠とかなんじゃないかって言ってんだよ。オレ達生きて帰れるんだろーな?」
「そんな危険な罠、この道にはないはずだぞ」
やや不愉快そうにむっつりとした表情で答えるヤマト。
「出口が近いんじゃないの? 今年の夏は熱帯夜だって言うし」
「それにしてもこの暑さはおかしいだろ」
「誰か、何か怖い話をしてみろ」
「何でいきなり突拍子もなくそうなるんだよ」
間髪を入れずにヒュウガが後ろからヤマトの頭をはたいた。しかしヤマトはめげずに言い返す。
「蒸し暑い夏の夜は怪談で盛り上がるものと相場が決まっているだろう」
「おもしろそ~!」
カズサまで乗り気になるが、ヒュウガの顔は渋いままだ。
「そんなのん気な事してる場合じゃねーだろ。この間にも上ではあの三人が台所までたどり着いてるかもしれねーんだぞ?」
「む、そうか。カレーが食べられてしまうかもしれんな」
「そうじゃねーだろ!」
カズサがあっ、と声を挙げる。
「そうだ、ねこさん! 台所に倒れてたんだった!」
とぼけた思考回路のヤマトに〈濡れ手拭い〉でも一発喰らわせてやろうかと思っていたヒュウガはカズサの一声で何とか踏みとどまる。一度ほどいた〈濡れ手拭い〉を帯に戻しながら小さく溜息をついた。
「そうだよ。まだ倒れっぱなしだとしたら、相当危険だろ~が」
ヒュウガのその言葉に、しかしヤマトは不敵な笑みを浮かべて断言する。
「心配するな。あやつらが台所を通りかかっていたとしても、ねこには気付きもしないだろう」
「いやいや、さすがにそれは無いでしょ。あんなど真ん中に転がってるんだよ?」
「嘘ではないぞ? あいつは存在感が希薄な体質だからな。暗闇の中で何も喋らずに座っていたりすると気付かずに踏みつけて、何か踏んだかと思って振り返ってみてもやはり何も無いように見えるという……」
「なんか、怪奇現象みたい……」
「ここまでくるとその存在感の無さはもう特技だな」
「我が家ではこの現象を『ねこふんじゃった』と呼んでいる」
「はっ、そういえば……」
その場に立ち止まったカズサがごくりとのどを鳴らした。
「前にトイレに起きた時ドアの前でなんか踏んで、寝ぼけてたのかなとか思ってたけど、あれってもしかしてねこさんだったのかな!? おれねこさん踏んじゃった!」
「フッ。心配するな、カズサ。かくいう俺さまとて、今までに何度ねこを踏んづけてきた事か。この家に出入りする者は必ずねこを踏んづける運命にあるのだ!」
無意味に豪語するヤマト。
「銭形家ではそんなしょっちゅう起きる現象なのか、それ? ……なんかヤだな」
悠馬がげんなりと呟く。
視界の隅に懐中電灯でない明かりを見つけたのは、その時だった。
緩くカーブを描きながら続いていた暗い通路の先が、ほんのりと照らされていたのだ。
三人の間に緊張が走った。
ヤマトは他の二人と顔を見合わせると、即座に明かりを消して何も言わずに駆け出した。その手が腰の〈十手〉に伸ばされる。
「敵さんはこっちにゃ落ちてこないんじゃなかったのか?」
ヒュウガも渋い顔で独り言のように呟く。カズサにうちわを返すと二人は表情を引き締めてヤマトに続いた。
みるみる明るさを増していく空間が闇に慣れた目を焦がす。さほど進まないうちに、三人は光の満ちた空間へと飛び出した。
そこはやはり落とし穴のひとつのようだった。乳白色の壁が光に照らされ、オレンジ色に揺らめいている。
駆け抜け様に敵に第一撃を喰らわせようとしたヤマトだったが―――、
その場所に、人の影はひとつもなかった。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。』
メラメラメラメラメラ。
奇妙な音に、上を見上げてみる。
火炎玉が、穴にはまって燃えていた。
◇◇◇
「ややこしー罠作りやがって!」とか言いながらヒュウガがヤマトに対して〈濡れ手拭い〉での攻撃を開始していたその時、ねこは――むっくりと起き上がった。
誰もいない台所はどこかひっそりとしていて、火にかけたままのカレーの鍋だけがぐつぐつと煮込む音を立てている。
始めキョロキョロと首を巡らせてあたりを見渡していたねこだったが、はっと何かを察知したかのように一瞬体を硬直させる。顔が見えないので全く緊張感は伝わってこないが、油断なく慎重に耳を澄ませ――侵入者の存在を、捕らえた。
ついでに火にかけっぱなしのお鍋が気になったので火を消してちょっと中身をかき混ぜ、途中で炊飯器も鳴ったからそちらもしゃもじで混ぜた後、
ねこはまるで闇に溶けるかのように、
台所から姿を消した。
◇◇◇
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