第492話

「ディナス金貨の鋳造が止まれば、その混乱の影響は他国にも広まる。商いを生業とするユロア人にとってそれは好ましいことではない」

「たしかに一時的な混乱はあるでしょうね。だけどそれもすぐ収まるわ。ユロアの金貨は別にディナスだけではないもの」

 女魔術師は灰色の瞳をレグスに向けながら語り問う。

「マールとドルクはご存知?」

「フラーヌとドッシェの金貨か」

「百五十年前、シルボラの田舎貴族が灰の地の黄金を手にするまで、ユロアの金貨といえば『マール金貨』か『ドルク金貨』のどちらかだった。どっちも金貨の質だけでいえばディナスに及ばないわ。だけど連邦という大きな後ろ楯さえあれば、大陸通貨としての座を十分に維持できるだけの物ではある。おわかりかしら? 連邦にも市場からディナスが消えるのを喜ぶ人間だっているってことよ。ディナスが消えれば、マールとドルクが金貨世界の王座に返り咲く。彼らにとってゴルディアの失陥はこれ以上とないその好機でもあるの」

「だから連邦はラスター家を見捨てると?」

「マールはフラーヌの名門イレリング家が、ドルクはドッシェの名門ヴェルフデック家がその鋳造を担っている。ヴェルフデックと『四選侯』のハウツローレン家は長年来の盟友同士。そして今の大王はハウツローレン家の人間よ」

 かつての大内乱によってユロア建国王家の血筋その本流は絶えて久しく、現在ユロアの大王は『四選侯』と呼ばれる四つの家から選出されることになっていた。

 一代限り交代制の大王位、そしてその大王位に現在ついているのはハウツローレン家出身のハインヘルム七世である。

 大王ハインヘルム七世が盟友ヴェルフデック家の好機を潰すような真似をするはずがない、というのが欲深き女魔術師の目算であった。

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