第451話

 人の子よりもずっと長き時を生きてきた精霊の言は重い。

 この状況下、二十そこそこの娘が声を荒げたところでセセリナに敵うはずもない。

 それをカム自身よく理解していた。

 どれほど彼女が言葉を重ねたところで男と精霊の破滅的な旅を止める事は出来ないのだ。

「……存外、壁の民達の預言者様とやらもたいした事がないようだな。こんな男が救世主とは笑わせる」

 沈黙の後に吐き捨てるように言う女の言葉を、レグスは眉一つ動かさず聞いている。

 それが余計に、カムには腹立たしく思えてならなかった。

「己の心一つ救えぬ者に、誰が救えるものか」

 そう言ってレグスを睨みつけると彼女はファバへと語りかける。

「ファバ、こんな馬鹿な男に付いて行くのはここまでにしろ」

「はっ? いやだから俺は剣をっ」

「剣なら私が教えてやる」

「いや、俺はこいつからっ」

「あの古き炎の神を前にしてお前に何が出来た。この男の戦いはそういった次元のものだぞ。そんな戦いの中でいったいお前に何が出来る」

 カムに言われるまでもなく、ファバだって己の無力さは嫌というほどに知っている。

 それでも彼は、搾り出すような声であっても力強く断言する。

「……関係ねぇよ。何が出来るとか、出来ないとかじゃねぇ。やるか、やらねぇかだ。あんたの旅ってやつも結局はそういう事だろ、レグス?」

 少年とて同じだった。

 男の無謀な旅に付いていくのに、たいそうな理由も理屈も必要ない。

 ただ、どうしようもないほどの渇望が彼らを衝き動かすのだ。

「最悪なのはやらずに終わっちまうことだ。正しいとか間違ってるとか、そんなもん知ったことじゃねぇ。だってそうだろ? こいつから、この思いから逃げ出しちまったら、俺は一生、俺の事を許せなくなる。そんな人生、死んじまってるのと同じさ」

 あの過酷な夜、彼は戦う事を選んだ。

 無数の魔物達の軍勢を前にして、武器を手に戦う事を選んだのだ。

『魂を殺すな』。

 あれは安い覚悟などで言えた言葉ではない。

 焦がれるほどの渇望から生まれたあの言葉に、思いに、嘘があろうはずもない。

 強くなりたい。

 他の誰でもなく、レグスという男のように。

「俺は行くぜ。誰が何と言おうとレグスと一緒に壁の先に行く」

 真っ直ぐと見返して言い放つ少年にカムは。

「勝手にしろっ」

 と言い捨てて部屋を後にした。

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