第382話
何が起きたのか彼らにはわからない。
術の詠唱は聞こえなかった。その他、術を使いそうな素振りすらも見えなかった。
それなのに……、炎が突然に同胞の体から燃え上がったのだ。
「くそっ!! よくわからねぇが術を使わせる前に殺っちまえば、一緒だ!!」
「一斉にかかって殺るぞ!!」
恐怖し、混乱した頭のままダークエルフ達が女を襲う。
「待て!!」
ただ一人、その無謀を止める者もいたが、動揺著しい者達の耳には届かない。
「くたばれ!!」
「死ね!!」
声を上げながら斬りかかるダークエルフ達、しかし結果は同じ事。
彼らの体が一斉に炎に包まれ、あっという間にその全員が絶命する。
身を焼かれる苦痛に叫び声を上げる暇すらない。
一瞬の決着だった。
「お前は……いったい……」
唯一生き残った男の問いに女が答える事はない。
燃ゆる髪と瞳を揺らめかせながら、己が焼き殺した者達の遺体を気にも留めず、その女はただ無表情に歩み近付いてくる。
男は動けなかった、まるで蛇に睨まれた蛙のように……。
いや、蛇は蛙を睨んでなどいない。
彼女の瞳は身を竦まし立ち尽くす男の事など、まるで見ていないのだ。
ダークエルフの男は直感する。
彼女にとって自分は蟻なのだと。
踏み進む道に這いずり怯える一匹の蟻の存在など、彼女の眼中に留まるはずがないのだと。
同胞が焼け死んだのは、蟻が噛み付いてきたから。だからそれを払い、踏み潰しただけの事。
自分達はその程度の存在でしかない。
散った蟻の命の事などいったい誰が気にしようか……。
――そうか、あの炎か……。
女の瞳に揺らめく炎を見て、彼は本能的に理解する。
瞳に宿るあの炎こそが同胞を焼き殺した力そのものなのだと。
それもただの炎ではない、世を焼き尽くすほどの大火であるのだと。
そして女は、何をするわけでもなくただすれ違う。
男の存在を歯牙にも掛けず、ただすれ違う。
そのすれ違いざま、肌が焼けるほどの熱風を浴びながら固まる男は女の目的と、この戦いの行く末をも直感する。
――ああ、『劫火を宿す灼眼の魔女』よ。お前は私達に破滅をもたらすのだな……。
その絶望の中で、彼の命もまた、魔女の炎に呑まれて消えた。
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