第362話
「かわいそうに。悪い魔女の魔法にかかってしまったんだね」
動けぬ少年を見て男は言う。
「迷ってはいけないよ。魔女の魔法は心の隙間から入り込んでくる。そうして体を操ってしまうのさ。でも、大丈夫。さぁ僕の手を取って。僕が橋の向こうへと引っ張っていってあげるよ」
そう言って差し出された顔のない男の手。
この手に触れれば、自分は石橋の先へと行く事が出来る。
もう怪物に追われる事も無くなるだろう。
だが本当にそれでいいのだろうか。
そんな考えを抱き、迷い伸ばされていく少年の手が男の手に触れようとする。
その直前、彼は見た。
顔のない男の確かな笑みを。
その笑みに少年の芯なる部分が打ち震え、まとわりついた煙霧を払う。
そして脳裏に甦る一つの声。
――『夢見の夜の友が微笑む時を見逃すな』。
顔のない男とも、風に紛れた少女の声とも異なる、老人の声だった。
それはいつか聞いた言葉であり、忘れてはならない戒めだった。
少年は思い出す。
憎悪に呑まれ、苦境にある時にこそ目の前の存在は微笑み、手を差し伸ばしてきた事を。見せかけの善意の裏に隠された巨大な悪意を。
それと同時に、甦った記憶によって、彼は自身の姿をも取り戻す。
惑う少年の姿ではなく、戦う男の姿を。
自我を得た男の手が触れ、掴むモノ。
それは差し出された手ではなく、異様の黒き剣。
そして手にしたその剣を迷いなく振るいながら、彼は両断した標的に激する。
「相変わらず胸糞悪い真似をしてくれるな、ラグナレク」
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