第331話

 けれども、日々理不尽を被る貧民窟の人間も、生まれながらにして贅を約束された王宮に住まう人間も、同じ赤い血を流すという単純な事実は、王家の血の神聖を貶める事になる。

 無学な貧民達にまでその事実を知られるのは、一国の支配層に位置する者達にとって都合悪き事でもあった。

『王族の血は俺達と違って赤くないらしい』。

 馬鹿馬鹿しくとも、この不条理な世界で支配者が支配者であり続けるには、街々で囁かれるそのような迷信すらも利用する必要があったのだ。

 処刑といえど血を流すのは都合が悪い。されど、絞首刑では期待し集った人々を満足させる事は出来ない。


 そこで選ばれたのが火刑である。

 火刑ならば血を流す事なく刑を終える事が出来るうえに、炎に身を焼かれ、異臭を放ち、咎人が喚く様は群衆達を満足させる事だろう。

 加えて、なにかと火刑を好む教会の心証も良い。

 そのような政治的判断から、女王の息子は業火に焼かれる事となったのである。

 しかもその炎を焼べるのが、女王自らの手でというのだから、刑を目にした者達はさぞ驚いた事だろう。

 刑の執行時、群衆達が咎人に罵声を飛ばす中で、顔色一つ変えず彼女は己の息子を火に掛けたという。

 生まれながらにして呪い子の噂を立てられ、ついに十五の時に自身の母親の手によって身を焼かれる事となった哀れなロレンシアの王子。

 その王子の名を、ベルフェン王国にて主に仕えながら長らく政治に携わってきた老魔術師も記憶している。


 呪い子の名は……。


――レグス……。

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