第319話

 深く考えはしなかった。

 状況が状況だけに、呟き漏らした言葉の意味を考えるより先に、他に優先すべき事があったからだ。

「まだ呆けておるか。しっかりせぇ。こんなところで寝ておると、流れ矢を喰ろうてしまうぞ」

 トーリにそう声を掛けられて、ようやくレグスは正気に返る。

 一人で体を起こし、立ち上がる彼に老魔術師が言う。

「お前はその剣が、いったいどのような物であるかをわかって使っておるのか?」

「……無論だ」

「邪剣の力に頼る代償は高くつく、お前もその事は理解しておろう。賢き者の選択とは思えんな。現にお前は今、正気を失っておった」

 咎めるような視線と言葉を浴びせるトーリに、レグスは冷ややかに返答する。

「だが城は落ちなかった」

 老魔術師はその一言に言い返す事が出来なかった。

 実際、彼が魔剣の力を使わねば、戦況は非常にまずい状況であったのだ。

 それに加えて、なんだかんだでこうして無事に正気を取り戻してもいる。

 結果としては、男の選択は大正解だったといえるだろう。

 微妙な空気が二人の間に漂う中、不思議な力の接近をトーリは感じた。

 何かがここへ近付いてきている。

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