第315話

「なんという物を……、正気か? あの男……」

 黒き邪剣を扱い魔物共を蹴散らす男を、手放しで称賛する事などトーリには出来ない。

 剣の正体に気付いてしまったのならば、彼はむしろ懸念せねばならなかった。

 邪剣の力を利用する反動、その恐ろしさを。

 百魂の剣には大きな副作用があった。

 魂が持つ穢れをも力として利用する為に、発動する力の大きさに比例して、剣の使い手にも尋常ならざる負担がかかるのだ。

 肉体的な負担はもちろんの事、それ以上に精神にかかる負担はより大きなものとなる。

 凡人では一振り分ともたず命を落とすか、正気を失う事になろう。

 鍛錬に鍛錬を積んだ不屈の精神力の持ち主にのみ、この邪剣は扱う事が出来た。

 しかし、不屈の精神力を持つはずの者ですら邪剣を使い続ければ、やがてその魂は磨耗し、命を落とすか正気を失う事になる。

 それは邪剣を使い続ける者が決して逃れる事の出来ぬ破滅の宿命であり、代償。

 事実、長い歴史の中で、百魂の剣は多くの破滅を生み出してきた。

 魔剣『亡骸の城キャッスルオブボディ』を手にしたある国の将軍は、剣の力を以って自軍を勝利間近に導きながら、戦いの最中に発狂し敵味方かまわず全滅させてしまう。

 魔剣『黒涙ブラックティア』を手にしたある流浪の戦士団は、恐ろしき魔物を討伐し救国の英雄になる寸前のところで同士討ちを始め壊滅。

 魔剣『渦巻く者トルネーダー』を手にしたある奴隷剣闘士は、見事百連勝を飾り、自由の身となった後に王都を脅かす通り魔となり、最後には処刑台へ送られた。

 利用した誰もが剣に魅入られ、魅入られた者達が等しく破滅を迎えたのだ。

 そもそもからして、邪剣の力を利用し勢力を急拡大するユロア大連邦で起きた大内乱、その原因となったのがこの百魂の剣であるというのだから、どれほど曰くある物かがわかるというもの。


 トーリは警戒せねばならない。

 魔物を薙ぎ払う男が正気を失い、こちらに刃を向けだしかねないという事を。

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