第285話

「本当か?」

 喜ぶファバとは対照的にレグスの背後でカムの溜め息が聞こえた。

「だが俺は俺で動く。お前の尻をいちいち拭ってやる暇などない。……覚悟は出来ているのか?」

 問い掛けるレグスにファバは答える。

「ああ。……怖くないって言ったら嘘になる。けどよ、逃げ隠れて何も出来ないまま死ぬのは絶対に嫌だ」

 その少年の言葉に偽りは微塵もなかった。

「言うまでもない事だが、私は反対だ」

 レグスとファバの会話にカムが割って入ってくる。

「戦場は甘くない。たとえ戦いに勝利出来たとしても死んでしまえばそれまでだ。未熟なこの子にいったい何が出来る。この戦いは子供が弓を手に取るにはあまりに過酷すぎる。むざむざと無駄死にさせる気か」

 責めるような眼差しを向ける女にレグスは言う。

「解放戦争では同じ年頃の少年少女が武器を手に戦い死んでいった。その戦いの中には何の成果も上げられずに死んだ者も大勢いる。お前はそれらを無意味な死だったと言うのか」

「無責任にも過去の悲劇を高尚化し繰り返すつもりか。それはもっとも恥ずべき事であり、おぞましき事だぞ」

 解放戦争では多くの少年兵が戦果を上げられぬまま犠牲となっていった。

 満足に物事を知る事もない子供達が、十分な訓練も受けられぬまま戦線に投入され死んでいったのだ。

 ひどい所では戦力として端から期待する事無く、無謀な作戦の囮役として扱われ、無惨に散っていた者すらいたという。

 戦後その死を、悲劇的な英雄譚として持ち上げ、過剰に賛美する風潮が一部では確かに存在した。

 幼い子供達が命を賭し戦う事を称賛する物語が数多く創作され、それは詩になり、本になり、劇になって、人々を沸かせた。

 そんな風潮をカムは嫌悪した。

 彼女にとって人々の称賛と涙は、無力な子供達を守る事の出来なかった大人達の身勝手な逃避にしか見えなかったからだ。

 子供達は『立派』に死んだのだ。

 そんな言い訳を聞いてやる気に、彼女はなれなかった。

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