第273話

「クルナマヴの淫魔か」

 絶命した悪魔の亡骸から流れ出す毒々しい色の血を見て、その悪魔の種を断定するレグス。

 淫魔は『高慢と肉欲の女帝アヴァリータ』の眷属であり、その性質上、幻覚を見せ錯覚させたり、人に化けるのは得意中の得意分野だ。

 特に『クルナマヴの淫魔』と呼ばれる悪魔は、捕食した相手の血肉を利用し人に化ける為、幻術を暴くような対策では通用しない。

 そのうえ、狡猾で用心深い一面もあり、食欲を満たす為に無闇やたらに捕食するような行動はとらず、必要とあらば十年単位で絶食する事も可能で、その正体を見破るのに大変苦労する。

 代わりに大した戦闘能力はないが、こういった潜入工作にはまさにうってつけの悪魔といえるだろう。

「まさか知らぬうちに、汚らわしき悪魔が紛れ込んでおったとは……。しかし、いったいいつの間に……、我らも聖水の試しは行っていたのだ」

 壁の民としても敵の間者に全くの無警戒というわけではなかった。

 聖水の試しや幻覚の術を破る策はいろいろと実施していたのだ。

 だが、ベベブに成り済ました悪魔は、その全てを掻い潜り見事に一年以上もの間、見破られる事無く活動を続けてきた。

 それは何故か。

「質の悪い聖水など、耐性のついた悪魔には通用せぬ」

 消沈する王に答えを示す精霊。

 壁の民が『試し』に使用した聖水は随分とその力が弱まっていた。

 その為、低級な悪霊はともかく、クルナマヴの淫魔のようにある程度の抵抗力を持つ悪魔が口にしたところで、その正体を見破るまでには至らなかったのである。

 そして名誉を重んじる彼らの体質上、無闇やたらに疑いをかけるような真似はひどく不名誉な事であり好まない為に、一度内に潜み切った者に対する警戒心に欠け、このような事態を招いてしまったのだ。

「だが、我が聖水は違う。どれほど高等な悪魔も、それを口に含んでは、知らぬ顔ではおれまい。星無しの民の王ゴルゴーラよ、すぐにこの聖水を用い、城に籠城する者達をあらためなおせ。内に敵を抱えていては、まともな戦にはなるまい」

 目の前で彼女の聖水の力を見せ付けられたばかりのゴルゴーラ王が、これを断るはずもなかった。

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