第221話

 人間には癖がある。

 畑を耕す為に鍬を振る。薪を割る為に斧を振る。荷物を背負う。押す。引く。

 何事においても、一見まったく同じに見える動作でも、実は人によって小さな違いがでているものであり、そしてそれは剣についても同じ。

 同じ流派で、同じ師から、同じ型を学ぼうと、そこには必ず小さな違いが生まれる。 

 振りやすい角度。力の入れ抜き。すなわち剣の筋。

 レグスは短剣を投げる事で、ブノーブのおおよその剣筋を見極めていたのだ。

「見極めただと、俺の剣を、わずか十本足らずの短剣で、ありえん、そんな事断じてありえん!!」

 レグスから告げられた真実にブノーブは愕然とした。

「十本の短剣は土台だ。あれはその後の打ち合いを可能とする為の土台」

 いくらレグスほどの剣の使い手とて、壁の民の戦士相手にいきなり真っ向から打ち合うのは危険極まりなかった。そこで彼が最初に欲したのは、ブノーブの持つ初歩的な剣の癖。十本の短剣はそれを見極める為に使用していたのだ。

 その後、レグスがあれほど見事に堂々と打ち合えたのは、この事前の準備があったからこそであり、そして彼がブノーブの剣の本質に届くほどに見極めたのは、あくまでその剣戟の最中においてである。

「お前の剣を完全に見極めたのは、その打ち合いあってこその事」

「同じ事だ!! わずかこの一戦の間に、俺の剣が見極められるなど、そんな馬鹿な事が!!」

 生まれて間もなくしてずっと剣の道に生きてきた。

 毎日、毎日、血の滲むような努力の上で、己の剣を磨き続けてきたのだ。

 十年、二十年、尋常ならざる修練を積み続けて、己の剣は今の形を成していた。

 それを、その剣を、目の前の対戦者はわずか一戦の内に暴いてしまったというのか。

 信じたくない。信じようがない。

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