第205話

「あら、一『匹』の精霊にそんな事が出来て?」

 魔女の方も、セセリナに気圧される様子はない。

「試してみる?」

 精霊と魔女が束の間、黙し睨み合う。

 そして……。

「……やめておくわ」

 退いたのは魔女グロアの方であった。

「坊やのかわいらしいお友達の頼みだもの、ここは素直に聞いておいてあげるわ」

 妖しげな笑みを浮かべたまま、グロアは言葉を続ける。

「……壁を越えるつもりなら、精々注意なさい。ヘルマの子供達が随分と騒がしくなってる」

 ヘルマの子とは魔物達の事だ。魔女の警告にレグスが返す。

「冬は終わった」

 灰の地の魔物の動きが活発になるのは冬の期間と言われている。

 今はもう春に入った。本来その動きは多少なりとも大人しくなるはず。

 しかし、魔女はそうではないと言う。

「だけど、夜はいつでもお前達の傍にある。望まずとも陽は落ちるもの。今度の夜は少しばかり長くなりそうよ」

「どういう事だ」

 レグスが魔女の言葉の意味を問うが彼女は答えない。

「ふふふ、生きていたらまた会う事もあるでしょう。楽しみにしているわ。……ああ、それと」

 何やら思い出したように魔女は言う。

「お前が連れてるあの男の子、あれはよくないわ」

 ファバの事だ。

「盲目な羊程度にしか思っていないのでしょうけど……」

 魔女グロアの姿がすっと消え、レグスの間近へと瞬時に移動する。

 そして彼女は彼の耳元へとその妖艶な顔を近づけ、囁く。

「あれは『飢狼の性』に生まれた者よ」

 そう言って妖しく微笑み、再びレグスから距離を取るグロア。

「決して満たされる事のない狼を飼いならそうなど無駄な事、早めに処分しておくのね」

「そんなくだらぬ忠告を、俺が相手にすると思うか」

「これは忠告じゃない、予言よ。戯れで傍に置いておけば、いずれお前に災いをもたらす事になる」

「……失せろ」

「精々その時になって後悔しない事ね、坊や」

 魔女はその言葉と共に、彼女を形作っていた影を霧散させた。

 同時に、あの禍々しい気配が部屋からは完全に消えてしまっている。

「レグス、魔女の言葉など気にしちゃ駄目よ、明日の事に集中なさい」

 魔女グロアが去った後、セセリナはレグスを気遣うような言葉を掛けた。

 それに頷くレグス。

「ああ、わかっている。魔女の忠告など詐欺師の戯言と変わりない」

 今さら魔女が何を言おうが、明日の決闘は待ってなどくれない。

 そして相手はこの冬一番の戦士となった大男ブノーブである。迷いを抱いたままでは、命取りになるだろう。


 彼が生き残る為にすべき事、それはあの大男の戦士を殺す事に集中する事だ。

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