第162話

 何故自分がそんな目で見られなければならない。何故自分がまるで悪者のように罵声を浴びねばならない。

 これは正当な復讐のはずなのに。

『奪う為に奪ってはならない。救うために奪うのだ』。

 幼き日に父が言った言葉をふと思い出した。

 草原の民は草原に生きる者を殺し、生きていく。

 何かを奪い生きていく。

 だがそれは救うためのものだ。

 自分を、家族を、一族を。

 誰もが罪を背負い生きていく、だからこそそこに救い無ければいけないのだと。

 どうして今、この時になってそんな言葉を思い出してしまったのか。

 復讐なんてものは意味がない。悲劇をさらに生むだけだ。

 そんな言葉はまやかしだと思っていた。

 間違っていたのだろうか。

 この四年、復讐の為に生きながらえてきた、その全てが無駄だったというのか。

 だが、そうであっても。

 全てが間違いであっても、今さら止められるはずもない。

 カムは叫び、トーザを斬り殺す。


 そしてそこから先の事は、彼女はよく覚えていない。

 かすかに残っている記憶、それは怒号と罵声の中、逃げ出すようにしてトーザの天幕群から脱出した事と仇の一族が自分にむける憎悪の瞳。

 彼女は逃げ出したのだ。

 復讐を完遂する為ではない。

 生き残る為ではない。

 ただ全てから、自分の行いの全てから、ただただ逃げ出したのだ。

 十五の娘の心はそれほどに脆いものだった。

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