第157話『カム』

 フリア北東にブルヴァと呼ばれる草原地があった。


 冬は少々寒さが厳しくなる地ではあったが、牧畜に適したこの場所には古くから遊牧の民が栄えていた。

 六百年以上も昔、この地に住まううジバ族は他の遊牧民を武力によって従え一大勢力築き上げたという。

 だがそれも百年ともたなかった。

 草原の外まで影響力を持つようになったジバ族。彼らが身内同士の権力争いによって衰退すると同時に、それまで頭を垂れていた他族の者達まで、我こそは草原の王にならんと反旗を翻し始めたのだ。

 もとより古くから争い合っていた者同士である。ブルヴァの民として纏め上げる力をジバ族が失えば、もはやこれを他に為せるような者はいなかった。


 一夜の夢物語と言うには長く、百年の王国と呼ぶには足りぬ、短きブルヴァの栄光。

 栄光が遠い日の記憶になり、草原の外の者達がジバの名を忘れかけていた頃、彼女は生まれた。

『カム』。

 幼少時、彼女はジバ族内でも有力な一族を率いる長ムーソンの娘として幸せな日々を送っていた。

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